- 2007-03-10 (土)
- Category: 科学語り
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タイトルがえらそうです。えらそうでゴメンナサイ。先に謝っておきます。
最近ねぇ、思うところあって高校数学の勉強を始めたんだけども、学問をやるには、やっぱり数学って大事ね。ほんとにねー、心底そう思うようになりましたわ。
理系の学生さんは、入試の絡みもあって、嫌々でも数学の勉強をしていると思いますが、私は『入試にいらないから、数学やらなくていいやー』と言ってる文系の学生さんにこそ、数学をやって欲しいと思います。数学III、数学Cまでやれとは言わないけども、せめて数学Iと数学Aくらいはマスターしといて…。数学大嫌いで、大学時代を棒に振りかけたおねーさん (おばちゃん?) の呟きですが。
もう入試終わっちゃってるだろうから、今からやるといいよ。これマヂ。
何故文系の学生さんに数学が必要か
ざっくり言ってしまうと、
- 学問には論理的思考が必要だから
- 文系の学問であれ、背景には数学が横たわっているから
1. 学問には論理的思考が必要である
文系の学生さんに限った事じゃないけど、学問をする以上は、論理を理解せねばなりませぬ。論理が間違っていると、導かれる結論もおかしなことになってしまう。だから論理的な思考のトレーニングが必要です。んでね、論理的思考のトレーニングの教材として、とりあえず数学Aがてっとり早いです。マヂな話、数学 Aには、論理的思考の基礎がぎゅうぎゅうに詰まっておるのですよ。
大学に入ってから、たくさんの講義やら書物から、様々な学説を吸収することになると思うけど、表面だけなぞるのと、その学説が成立した背景から論理的になぞっていくのでは、身に付き方が違いますよ。これは社会人になってから痛感したのだけども。
2. 文系の学問であれ、背景には数学が横たわっている
さすがに、文学とかだと、どうかわかんないけど。
背景に横たわっているのは、数学というより統計学なんですけどもね。一般的に文系の学問は、定量的な性質じゃなくて、定性的な性質を扱う傾向にある。心理学とか社会学とか、単純に量として量れないものを、科学する上で必要になる手法が統計学です。
こーいう学問においては、社会の中のある傾向を見いだすために、とにかくサンプルを集めまくります。んで、集まった結果を元に論を組み立てていくわけです。まさか「なんとなくそれっぽいから、こういう結論」とか言えないでしょ? なので、その結果を解析して、数値にするわけです。数値といっても、絶対的なものじゃないので、同時に、信頼性の確認やら何やら、いろんな作業が発生するわけです。この作業がまたややこしいんだ。1
なので、こういう学問をやりたくて大学に行く人たちが、最初から『数学なんていらないやー』『数学苦手』という意識でいたら、大学に入ってからめちゃめちゃ苦労すると思うのですよ。例に挙げたのは、心理学や社会学ですが、他にも統計的手法が必要になる学問領域、あると思いますよ。経済学や教育学なんかもそうですかね。文系の学問に限らず、理系の領域でもかなり重要だと思いますし (大学ではあまり関わってこなかったけど、仕事するようになってからかなり関わってくるようになった…orz)。
でも、今の数学教育って…
個人的には、今の詰め込み式の数学教育、だめぽ。これじゃ後の人生に繋げない。
だって、ゴールがあくまで大学入試なんだもん。じゃあ受験しない人は勉強しなくていいじゃん、っていう話になるよ。なんかね、入試に出る難問奇問珍問を解くために、無駄にややこしくしているようにさえ思えてきた。進学校だと、特にその傾向が強いと思うのですよねー。理系の学生さえも『数学苦手』とか言う始末です。高校時代、理系クラスの友人にも、数学がさっぱり分からないという人が何人もいた。
そういえば昔、『数学なんて勉強して何の役に立つのか』とか言ってた人もいたな。今だったら『脳トレーニングのためのパズル。楽しいからやってる』と答える。けど、当時は答えられなかった。『入試に必要だから』としか言えなかったな。そういえば、そんな疑問に答えてくれる先生もいなかったように思うよ。『そんなことを考える間があったら、問題解きなさい』と言われたしね。
私は数学嫌いでした
私の場合、やっぱり高校の時は、数学は入試のための手段にすぎなかったのだよ。理系志望だったから、強制的に数学の勉強をするはめになったんだけども、数学大嫌いだし、苦手意識全開でしたよ。なんたって、センター試験で、一番失点が多かったのが数学だったくらいだもん。笑えない話だけどめちゃくちゃマジです。ついでに二次試験では、大問が5つくらいあったんだけども、まともに最後まで解けたのは1問だけでしたよ。2 なんか書いてて情けなくなってきたからこれ以上自爆しない!
そういう私ですから、大学のときも数学は大嫌いでした。いやね、理系がそんなこと言っちゃいかんのですけどね。大学の数学は、本当にちんぷんかんぷん。実際の数字を扱うんじゃなくて、もっと拡大して抽象的な概念を扱うのですよー。数字、出てきたか?って感じでした。なので、高校数学もやばかった私がついていけるわけがない。微分積分関係では、追試を通り越して追々試までいきましたw
大学の数学は、理系教養レベルで、既に純粋学問、哲学や美術の領域に入っていると言っても過言ではありませぬ。導き出される形は確かに美しいが…いや、美しいのは分かるんだ。エレガントなのは分かるんだ。でも過程が分からないんだ。これも論理的思考力の欠如と言えましょう。頭の中で抽象的概念として扱えたら、多分理解できるはずなんだ。
今の数学教育って…その2
と、まぁ、散々自分語りしてしまいましたが、学校で必要なものとして数学を教えるなら、その後、人生において使えるものとして教えてくれよ、と思ったりするのです (教えてくれ、とか言ってる時点で、いかに受け身で勉強してたかがよく分かる)。
あたしゃ数学III、数学Cまでやった人です。けどね、実際その後役に立ってる事って、理系なのにあまりないです。今、社会人になって、実践的に役に立っているのって、せいぜいが数学I、数学Aくらいで習った程度なんですよね。
しかも、大学で化学を学んでいた頃、高校までにあれだけ詰め込んだのに、まだ足りないことがたくさんあった。なので、今の数学教育、余計なことを教えて、必要なことを教えてないように思うのです。私の記憶が確かなら、本質的な理解には数学II、数学Bまでの知識レベルは必要でした3 。教養科目として物理 (力学と電磁気学) は必須だったし (微分とか積分とかベクトルとか問われる)。専門科目に入ったら、化学のクセに、数式がやたら出てくるんですよ。分析化学とか、熱力学とか、量子化学とかで。
その時点で思ったのは、どうして高校では統計学と微分方程式4 をやらないのか!という事。明らかに必要なのに、高校までの勉強が足りていない。大学の数学では、統計学はみっちりやりません。微分方程式もさらっと流す程度。こんな実態があるんだから、そのへんきっちりやっといてよ!とか思うのです。大学の線形代数と被りまくってる行列とか、楕円の方程式とかいらんよ。もぅ。
学問をやりたいなら数学をやれ
ちょっと昔を思い出して、脱線しまくってしまいました。というわけで話を元に戻します。現在の高校までの数学教育のやり方は、どうかと思う部分も多いけど、数学を勉強する過程で得られる論理的な考え方5 と数を処理する能力は、文系理系問わず、学問をする人にとって、とても大切なものです。なので、これから進学して、学問をしようとする若い人たちには、数学嫌いにならずに、一種のゲームとして数学を楽しんで欲しいと思う。
…というか、義務として勉強する必要がなくなって、ふと頭の体操として数学の問題を解き始めると、これがめちゃめちゃ楽しいのな。けっこうはまりますよー。
Footnotes
- 詳しくは統計学の教科書を読んで下さい。目が回るから。私は理系ですが、統計学は苦手です。化学を学ぶ上でも、ある程度統計学の知識が必要なので、やるんですが、教科書読んだら放り出したくなる。なので、質を科学する学問をやってる人らは、すごい根性あると思うよ。自分は絶対にやりたくないです。その点、化学は割と単純明快でよろしいですな。 Back
- これ以上自爆しないと言いつつ、負け惜しみ、言ってよいですかね? 私の出身大学は、入試の数学がクソ難しいことで有名です。ほんとにさー、アホかと思うような問題が出るもん。容赦ない。入試の数学のくせに、発想力を問われました。しかも新課程だったのに、微分方程式が必要な問題なんか出すな! 物理も化学も計算がややこしいって何考えてんねん、という感じでした。帰りの電車で放心してました…(´・ω・`)ショボーン Back
- あえて数学III、数学Cを書いていないのは、同じ範囲を大学の教養科目の数学でやったからです。しかも『ああこんなの、あったな』っていうレベルで理解してたら、化学をやる上では特に支障がなかった。 Back
- 微分方程式は、旧課程の教科書にはあったそうです。いいなぁ… Back
- 数学で、論理的思考力は育つと思うけど、同時に数学だけでもだめだなぁ、と思うのである。というのはね、数学で育つ論理的思考力は、ひとつある答えに収束させるという働きの思考力だから。キーワードがひとつあるときに、それからいろんなものを発想するという方向のトレーニングは、高校まででは、全然行われていないのだよね。実際に社会生活で必要とされるのはこっちなので、なんとかならんかのぅ、と思うのである。 Back
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