更新のネタが尽きてきたので、以前に描いた模式図でもお蔵出ししてみることにします。題して、TsumuRi的『私はどのように世界を認識しているか』の図。解説つけないと微妙に電波入ってるように見えるな。この模式図を書いたときから世界に対する印象は変化していないので、私においては真実だと思うよ。
みるしくみ
ではまず、みるしくみとキャプションをつけた模式図から。書いたのは2007年2月20日。外的世界を見るときと、内的世界を見る (正確には感じる) ときの違いを表現したかったらしい。身体の signal についても少し書いてあるね。
最近は落ちついたけど、この頃はとにかく vision の流れが激しかったので、後頭部がムズムズもぞもぞして仕方がなかった。脳のサーモグラフィとか電位とか取ったら、絶対何か出ると確信している。なんで自分というよい被検体がいるのに、脳科学とかそういう分野に行かなかったのか!と思いつつ、自分で自分を試験したら、客観性に欠けるからアウト、とか書いてある。
同じページに、絵の他に、なんか幾つか定義じみたものも書いてあるので、それも紹介してみるよ。
- 眠ること:外的世界、内的世界両方について眼を閉じてしまうこと
と、定義しつつ、じゃあREM睡眠の時には、脳の後ろ側の眼は開いているのかと、素朴な疑問も同時に生まれた。その時の自分は『しらん』とコメントしているし、未だによく分からない。解答求む。
それから、考えのパターンについても、分類をしている。
- 論理的思考:文脈がある。言語的である。比較的低速な思考。能動的に行われる。考えの行われる場所は後頭部ではない (集中が切れた後にムズムズする場所を考慮すると、多分前の方か側面だと思われる)。
- イメージ的思考:文脈がない。インスピレーション。高速。受動的に行われる。考えの行われる場所は後頭部。
イメージ的思考についての補足:
- イメージ的思考は、パラパラマンガを複数個一気にぱらぱらやるように、湧いて出てくる。
- Output するためには、逐語訳が必要だが、高速すぎて追いつけない。
- 自分の意志と関係なしに、わさわさ湧いてくることがある。ちょっと困る1
考えの行われる場所についての補足:
論理的な思考では前の方、イメージ的思考では後頭部がムズムズするというのは、脳の位置的な役割分担を考えると、なんとなく納得いく。前の方には運動性言語野であるブローカ野があるし、後頭部には視覚野があるー2 。けど、そのへんが活発化しているとして、なんでムズムズを感じるのかは謎。脳って感覚、ないよねー。
向こう側から生えてきた自己像
んで、この頃、湧いてくる vision のあまりの量に、やべー、このままでは自分、歩く妄想人間になってしまう、そのうち自分の内側で起こっていることと、外側で起こっていることの区別がなくなって、飲み込まれて廃人になってしまうかもしれぬ、とか、おろおろしてた。そんなとき、vision の流れがふと途切れたとき、太陽からもらった vision がこれ。前に一度アップしてる、安定した自己像。詳しくは治るという事という記事の中で書いてるので割愛。これが2007年2月23日。
アンテナと tuning
自律訓練法始めましたの中で、意識から手を伸ばして…などと書いてるけど、この『手』は、安定した自己像の頭から生えているアンテナの事。この vision が出てくるまで正体がわかんなかったけど、この vision が生えてきてから、ああ、なるほど、と思いましたねー。
外側を見るにしろ、内側を見るにしろ、身体を見るにしろ、このアンテナを伸ばして、必要なチャンネルに tuning しているようです。ちなみに、眠りたいときは、身体からの signal が幾つも並列で流れているんだけど、その中から、眠気っぽいものを探して捕まえてやるとよい。感覚的な表現ですんまそ。あ、胃痛なんかの強烈な signal が出ている場合、そこから tuning を外すのは至難の技。その signal しか追いかけられなくなっちゃって、他のが見えなくなるのですよ。これはけっこうきつい…orz
(※図中の字が間違っている。激しく恥ずかしい)
運動と知覚の構造
2007年2月24日には、さらにつっこんで、運動と知覚の構造とかいうキャプションをつけた模式図を書いている。それが左。ここまでくると本気で電波じみてきたとか思うんだけど、自分の体験がこれで説明できちゃってるんだからしかたない。なんかコンピュータじみた比喩がついているが、これ、本来、師匠に説明する用の図だから、分かりやすくしたかったようだ (だが、今になって冷静に考えると、師匠はコンピュータに弱いから余計にこんがらがるだけのような気がする)。
最初に補足。図中「身体の層」と「外的世界の層」との関係の中に、「行動 or 反応」っていう黒矢印があるけど、これ、本当は赤が正しいと思う。というわけで、オリジナルの図では黒矢印になってるけど、画像を取り込んだ時点で赤く彩色してます。ちなみに、現時点で、この絵はこの状態では完成形になり得ない3 と、友人から痛烈なツッコミを食らってます。言われぬでも分かってっけど、上手いこと書けないんじゃぁ!
んで、私は、自分もひっくるめた世界って言うのは、層状構造からなると思っていて、より内側にあるものから書いていくと、以下のようになる。
- 精神の層:データを処理し、命令を返す。データの蓄積も行う。CPU、メモリ、HDD。
- 神経の層:データを輸送するケーブル。図中には書いてないけど、脳もここに属すると思う。脳は変換装置なんだな、多分。
- 身体の層:入出力を行う、デバイスのようなもの。
- 外的世界の層:入力前のデータ集団。
比喩がひたすらにコンピュータだけど、そのへんは目をつぶりましょう。つか、人間とコンピュータって、すごくよく似てると思うけどねえ。
このうち、私が一番興味のあるところが、図の下の方に pick up してある精神の層で、精神の層は意識と無意識におおざっぱに分割することが出来る。
- 意識:思考や記憶のうち、認識可能なもの (認識は出来てもコントロールできないものもある)
- 無意識:思考や記憶の内、認識不可能なもの。ホメオスタシスの維持もこのへんが担っている?
めちゃくちゃ乱暴におおざっぱに分割しているけど、このふたつは相互に完全に独立した存在でも、完全に固定化された存在でもなくて、互いに feedback しあっているし、たまーに部分的に重なることもある。夢の中や、「潜った」状態が、重なった状態だと見ていい。重なった状態というのを、言い換えると tuning があった状態。内的世界にアンテナを伸ばすというのは、意識の領域と無意識の領域を、意図的に重ねる操作だと思うー。
まーそういうところ。
構造と解離のメカニズム
うんで、なんでこんなことをとうとうと考えていたか、こんな図を書いて何を理解したかったかというと、解離という現象のメカニズムを理解したかったのです。まぁ、メカニズムを理解したところで、コントロールを得られるわけではないんだけど、気になっててね。行き着いた結論は、記憶の解離が起こるとき、認識できる側の神経ー意識間での input, output が遮断され、神経 (本来認識出来る側)ー無意識間で input, output することで対処が行われたのであろう、と。
ちなみに、コントロールはこういう概念的な部分を考えることよりも、概念的な部分にたどり着くまでに体験したことの積み重ねの中で何となく見えてきました。概念的な部分は、そういう意味でおまけに近い。
Footnotes
行頭の数字は本文中の注釈番号に対応さしてます。
- 後で、イメージ的思考への tuning 法が分かったので、不適切なタイミングで湧いてきて困ることは、あまりなくなりました。 Back
- 脳内の部位と機能の関係性については、Wikipedia – 脳機能局在論を参照してくださいまし。 Back
- この絵はこの状態では完成形になり得ない:早い話が簡略化しすぎて、重要な点がいろいろ抜けているということ。研究じゃないんだからとりあえずこれでいい、と私は言いたい。もし自分がその分野の研究をしているなら、正確性を重視するが、とりあえず今のところはこれでよいのです。モデル化するにしても、知覚可能領域と知覚し得ない領域を線引きしすぎ。二分化というのは単純でよいのだけど、正確性が落ちる。意識と無意識、これら領域は固定化されてないというのは前述の通りだし、重なることもあり得る。実際重なってる。ダイナミズムがわからんとか、自己観察の矢印がないとか、各層内でのネットワーク構造がないとか色々。そういえば、矢印を一意に定義してしまってよいのか?とも言われたな。時間軸もないね。あははん。 Back
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