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ドグラ・マグラ (1)

  • 2007-04-05 (木)
  • Category: 書籍
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ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)ドグラ・マグラ
夢野久作 / 角川文庫

昭和の問題作『ドグラ・マグラ』。数年前に読もうと思って手をつけたが、その時はチャカポコチャカポコのあたりで、しんどくなって放り出してしまった。そして今、ふいに読みたくなり、一気に読んでしまったところである。

こんな作品が、昭和10年の時点で出版されていたということに驚きを禁じえない。この間もちらりと書いたけれど、意識の謎について、科学は無力である。この謎が解き明かされない限り、この作品はずっと『新しい作品』として、読者を驚きに引きずり込むのだろう。

…あっ、なんか出だしがレビューっぽい。(´∀`*)ウフフ

昭和十年一月、書下し自費出版。狂人の書いた推理小説という異常な状況設定の中に著者の思想、知識を集大成する。“日本一幻魔怪奇の本格探偵小説”とうたわれた、歴史的一大奇書。(なだいなだ)

いつもの事ながら、まとまりのあるレビューにはならないとは思うが。この小説の中には、当時最先端の精神科学のエッセンスが詰め込みまくられている。出版されたのが昭和10年という話であるが、現代ならともかくその時代に、一介の小説家がこれだけの資料を集められたということが、まず驚嘆の事実だ。

筋書きはシンプル

話の筋は、基本的には、精神病棟の7号室で記憶を失って目覚めた主人公が、わけの分からないままそれを探すことになるという、非常にシンプルなモノだ。ただ、色々な時代、様々な視点から物語が進行し、おまけに語り手が必ずしも本当のことを言っているとは限らないという点で、主人公同様、我々の脳髄も引っかき回されることになる。ここに登場する二人の博士は、彼を手助けするだけではなく、同時に脳髄を引っかき回すのだ。唯一 (?) 信用できるかもしれない人間が最も信用できないという葛藤。ああ恐ろしい。

これだけ長い小説、そしてこれだけ濃い小説なので、一貫した感想を書いていくのはたいへんである。というわけで、ここからは嗅ぎとったエッセンスを箇条書きで並べ、コメントを挟んでいくことにする。

記憶喪失=存在の確かさの消滅

さて、二人の博士はそうとう食えない人物だし、たいへんに恐ろしいのだけども、目が醒めたらいきなり記憶喪失だった時点で、主人公自身がいちばん信用ならないのである。記憶がなくなるということは、すなわち存在証明をなくすようなものだ。我々がまともな精神を保って生きていられるのは、昨日の自分を知っているからである。昨日の自分を覚えているから、今日何をしたらいいのか分かるのである。昨日の自分がいなくなった時点で、その延長に描かれるはずだった今日は、その確かさを失ってしまうのである。

我々は、まず最初のシーンの描写で、自分自身の存在の不確かさに直面させられることになるであろう。

教授陣の会話誘導

さて、主人公は病室で目覚めてから、若林博士、正木博士という二人の博士に出会い、自分が記憶を失って入院していることに直面させられる。主人公は始め、ただ怖がっているだけに見えたが、だんだん自分の意志で記憶に関する手がかりを紐解いていくことになる。

が、これは本当に主人公の意志による作業だったのか?主人公は、最初は二人の博士を疑っているようであったし、そのような描写もところどころに見られる (ペテンにかける、等)。しかし、途中からはそのような疑念が徐々に薄れていっているように思う。有り得ない事態が、これだけ延々と続いているのに、だ。

猜疑心を持ちつつも、主人公は乗せられてしまったのだ。猜疑心を打ち消し、彼をその作業に向かわせた二人の博士。彼らの会話誘導は、全くもって見事である。そこで我々は、自分の意志それ自体を疑わなくてはならなくなる。

諸行無常の世界

場面変わって、キチガイ地獄外道祭文。正木博士扮する謎の坊主が、チャカポコチャカポコのおなじみのリズムで、当時の精神病院の悲惨な実態を説いてまわった回想録である。後にこのシーンは、正木博士の、息子に対する事前の贖罪行為であった (かもしれない) ことが明らかになるが、単純にそれだけの意図で書かれた章ではないだろう。当時の精神病院はよっぽど酷かったという話であるし、この中には作者の体制批判の精神が垣間見える (話はそれるが、当時すでに、精神病院という呼称が使われていたのだね。戦前は癲狂院と呼ばれていたものとばかり、思っていた)。

この坊主の描写に、かの一休宗純の姿を見た。正月に、ぼろを纏い、杖の頭に骸骨を掲げて「ご用心、ご用心」と家々を巡り歩いたという話はとても有名である。ふとそのエピソードが頭に浮かび、妻が朽ちていく過程を絵に描いた、吾青秀の物語も重なって、人は最終的には朽ちて骸骨になるしかないという、とてもペシミスティックな観念を想起させられた。

この小説は、人を不安に陥れるのが、本当に上手い。気をつけねばならぬ。

つづく

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