副題は、“ドグラ・マグラと企画展「脳!」に絡めて”という事でひとつよろしく。タイトルが長すぎて一行におさまらなかったの。
赤の女王とお茶を – 脳髄は物を考えるところにあらずに影響されて、ドグラ・マグラを読み直している。読み直していて、科学は、脳と意識の分野において、根本的にはあまり進歩できてないのだな、と思った。
読んでいる最中であるが、既に、昭和10年の時点で、こんな小説を発表してしまう人がいることに驚いている。一度目は途中までしか読んでいないという私サイドの問題はあるとは言え、何故衝撃を受けなかったのだろう…。鈍い自分にもまたびっくりである。
ドグラ・マグラの感想はまた今度まとめて書くことにして。
ドグラ・マグラで見た科学の進歩してなさ
科学は、脳と意識の分野においては、身体に対応する活動部位の特定をするまでには至っているとは言え、根本的な部分では、この小説以後、なんら新しい解答を示していないように思った。
小説の中で、脳と意識の問題は、唯物論だけでは解けないと何度も繰り返されており、今現在、心理学等の発達によって、物質の側からではないアプローチがなされているものの、根本的な謎は全く解かれていないのだよな。以前に意識つれづれという記事の中で、精神科医の斉藤環氏の講演「脳はなぜ心を記述できないか」のまとめレポートが Freezing Point さんで公開されていることを、チラッと書いた。それを読んでの私の感想は、一言でまとめれば、脳は心の活動の座ではあるだろうけど、説明が科学になりうるか否かと言えば、微妙…といったところ。
物質的ではないアプローチ – 心理学
先に書いたけど、心理学は物質の側からではないアプローチをしている。けど、心理学が、科学として一般に認知されているかと言えば、正直微妙な部分がある。私は、心理学は科学の一分野だと考える。意識や心は、本質的に数値化しにくいものだけど、因果や相関を調べて体系化しようとしているのは、科学の姿勢だ。そう思うのは、私だけではないと思う。
しかし、科学になりきれていない部分もあるのだよな。もちろん、現代の心理学ではなく、過去の遺物という点で、だけど。図書館で心理学の本を探すと分かるのだけど、分類が科学としてのあやしさを醸し出しているのだ。日本十進分類法によれば、心理学の位置づけはこんな感じ↓である。
1類 哲学
- 140 心理学
- 141 普通心理学・心理各論
- 143 発達心理学
- 145 異常心理学
- 146 臨床心理学・精神分析学
- 147 超心理学・心霊研究
- 148 相法・易占
- 149 応用心理学
正直、この分類は衝撃である。哲学の中に分類されているのは、OK。だが、超心理学・心霊研究、相法・易占等と、今だに一緒くたにされていることは疑問である。それらは、今まさに議論の的になっているニセ科学的な部分を有する。心理学の発展においては、悪霊憑きや心霊現象等の研究も過去にあったのかもしれない。だけど、こんな分類をいつまでも続けていたら、いつまでたっても科学としては認知されないんじゃないかと、他人事ながら心配になる。ちなみに、図書館だけではなく、書店の分類でもこんな感じである。心理学が、単に観察される傾向の文章的な記述をするだけではない故に、また、唯一意識を科学に出来そうな学問故に、余計に気になるのである。
脳!- 内なる不思議の世界へ
さてさて、話は変わって、現在大阪で行われている脳! – 内なる不思議の世界へに行ってきた。
これも数週前のことなんだけど、書くのを忘れていたのだ (最近こういうの多いな)。実際行った感想は、うん、面白かった。けど、やっぱり、意識のところまで科学が及ぶには、まだまだ時間がかかりそうだと思ったのも事実だ。とりあえず、展示の紹介などしつつ、そのへんを書いてみる。
第1部 わたしの脳がたどってきた道
これはひたすらに物質的側面からの脳の展示。脳だらけ。一般に高等と言われる生物ほど脳が大きく、皺も多いことを、ビジュアルで訴えてくれる展示。そりゃ、素子の数が大きくなるほどに、処理できる情報も大きくなるだろうさーなどと、「脳=コンピュータ」的な認識を、がっつり深めたのは秘密。子どもが「気持ち悪りー」とか「可哀想…」とか言ってたのが印象的だったな。
グハハハハ、子どもたちよ、おまえたちの頭の中にもそのグロテスクな塊が入っていて、いろいろあーだこーだやっているのだぞ。グワッハッハッハ……!(デーモン閣下調に読んで下さい)
第2部 わたしの脳がつくる世界
脳はどのように世界を認識しているか、という主旨の展示。なのだが、私は、脳のどの部分が、意識のどの働きに対応しているかという視点で見た。理由はまぎれもなく、脳の研究は出来ても、意識の研究は確立されておるまい…という懐疑的な見方による。実際、展示の中でも、意識は脳にあるとは断言してなかったと思うよ。様々な測定や、脳神経疾患の研究によって、三次元的な脳のマップは作れても、それ以上高次な動的過程の科学はできていないように思うの。
ここには錯覚体験コーナーなんかもあって、いろいろ遊べる。が、この企画展に行ったときには、身体感覚を、極力意識上で処理しようと努力していた1 ため、錯覚を錯覚として認識できず、楽しみ半減。こういうのは、感覚の処理が自動的に行われないと、錯覚として捉えられないのだね。なんでもかんでも意識化するのも、問題だと思った。
第3部.変化するわたしの脳
ここは主に、脳神経および精神疾患の展示コーナーであった。脳神経疾患では、主にパーキンソン病とアルツハイマー病について、精神疾患では主に統合失調症と PTSDについての展示。脳神経疾患の方では、脳の傷害された部位と、症状の出方がもろに相関していたし、症例のビデオも分かりやすい例を取り上げていたこともあり、脳という器官と、身体機能の関連性が一目瞭然だった。
一方で、精神疾患の方は、脳の機能的な問題だけでは片づけられないような印象を受けた。PTSDの展示は、児童においては、被虐待経験により海馬等、記憶に関連する部位に萎縮が見られるそうなので、確かに何らかの相関はありそうな印象。ところで、脳が十分に育った後の、成人のPTSD患者においてはどうなんだろう。縮むのかな?という素朴な疑問。
統合失調症の方は、幻覚・幻聴体験マシンがあったものの、「これは13歳以上を対象にしています」「精神科に通院中の方、過去に幻覚の体験がある方は、専門家に相談の上使用して下さい」「気分が悪くなったらすぐに中止して下さい」等、物騒な注意書きが。視覚と聴覚などという、強烈な感覚器官に訴えられたら、ちょっとしたことで錯覚を起こすくらい単純な脳のこと、まいる可能性はあるわな、と思いつつ、体験してみた2 。…幻聴、うるせえええええええええええ。うぜええええええええええ。世の中がこれだけ暴力的にうるさかったら、しかもそれが真の目の前の出来事と全く区別出来ない程に現実的であったら、それが見えない我々から見たら、不可思議な行動を取らざるを得ないわ、と納得したのであった。しかししばらく頭の中がザワザワうるさかったので困った。
おすすめの企画展ではあります
さて、この脳!という企画展だけど、会期が 5/13 までで、もう少しあるので、まだの人は行ってくるといいと思うよ。入場料分の価値はあると思う。脳なんて、一般人にはめったに見れるものじゃないので、是非。人体の不思議展よりもこっちの方が楽しめた。こういうのが好きな人にはおすすめ。
とりとめもなくなったので、終わるよ!
Footnotes
行頭の数字は本文中の注釈番号に対応さしてます。
- 身体感覚を、極力意識上で処理しようと努力していた:これまでのこのブログの記事を読んでもらえれば分かるのだけど、私、身体と意識が不整合を起こす状態が長く続いてたので、社会生活をしつつ、いまだにリハビリ中なのね。で、その不整合を、日常に支障をきたさない程度に制御するために、日頃無意識に行うであろう過程を、ひたすら観察し、言語に直すということを行っていたちょうどその最中だった。 Back
- 師匠に「体験してきた」と報告したら、当然眉をひそめられた。 Back
Twitterで
つぶやいてみる?
関連記事:こちらも一緒にどうぞ☆
Comments:0
Trackbacks:0
- Trackback URL







