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被害者意識と救い

朝起きて久々にアクセス解析を眺めてみたら、異常にアクセスが跳ね上がっていたのでなんじゃこらああああああ!と思ったら、過去に書いたいじめ被害者の特徴なるエントリにやたらブックマークがついていた。あーびっくりした。何かと思った。

一応補足しておくと、あのリストに書いてあるのは被害者に起こる「内面的な変化」及び「内面的変化によって引き起こされる行動の変化」ね。しかも自分の場合。一般的に適用できるかどうかは分かんない。ある程度当てはまる部分はあると思うけど、結局ケースバイケース。本人の元々の気質によるところも大きいと思う。

それはそうとして、ずーっと治療を重ねてきて気づいたのはね、結局こっちが仏にならないと自分を救うことはできないということ。私は今だ仏になれないので、今だに悪夢や怒りで苦しむことがある。そういうとき、「私は悪くないのに!」と被害者意識丸出しで暴れたくなる。だから余計に苦しくなる。これから脱却できたらきっともっとラクチンになる。

結局今となっちゃ誰を責めることもできないし、過去に起こった出来事や、それに巻き込まれて戦えなかった自分を許すことでしか楽になれない。過去は過去である、それだけの意味しか持たないし、今何を思っても過去を変えることは出来ない。過去を憎み、過去を怨み、無駄な努力をするよりは、今の自分や、未来の自分をいい方向に変える努力をした方がマシ。結局そういうことだと、最近になって気付いた。

ところで治療開始時の話に戻る

まだ治療を受けていない被害者1 に、上に書いたようなことを言っちゃアウトだと思う。やっと悲惨な状況を生き延びて、さてこれからなんとか生きていこうという段階の人間に、それを突きつけることは、あまりにも残酷だ。やっと耐えてきた人に「怨んでも憎んでも何にもならない」なんて普通言いますかね。言えないでしょう。言えたら相当無神経だ。「気持ちは分かるけど…」なんて頭についてたら最悪だと思う。何も分かってないじゃんよバカ、っていう話w

私は、治療の初期には、問題行動を起こし続けていたにも関わらず「あなたは悪くない」と無条件に肯定され続けてきた。当たり前だけどいじめるヤツが悪い。いじめってめちゃくちゃ理不尽だ。当たり前にある「平穏に生きる権利」を奪うわけだからね。だから怒ってもいいし怨んでもいい。本当ならやり返しにいってもよかったはず。なのにそれを我慢してきた。「あなたは悪くないし、十分に耐えてきた」と肯定されることで、やっと自分が理不尽な目に遭ってきたことを認めることができたし、相手を憎んだり怨んだり出来るようになった。それまでは「いじめられた自分が悪い」と思っていた。

しばらくすると被害者意識ゆえの問題行動が始まった。自分が悪くないこと、周囲が自分を肯定してくれることを確認するために、周囲を理不尽に振り回し、それが叶えられないと爆発する。当時はそれが相手を試す行動だということには気付いていなかったが。それを諫められるたびに逆上して、さらに問題行動を繰り返す。その度になだめていた師匠には、いくら感謝しても足りない。この頃は、いつ見捨てられるのだろうかという不安に満ちていた。

ある日、突然憑き物が落ちたかのように、誰も見捨てたりしないじゃんかよ、ということに気付いて、他人を試すのをやめた。気付いたきっかけが何だったか分からない。けど人間ってそういうもんだということを悟った。そこから問題行動を止め、意識改革をするための長い日々が始まる。今もこれは続いている。自分で自分をコントロールできるという当たり前のことを、ちゃんとできるようになるまでこれは続くと思う。

被害者意識が抜けたら卒業かな

ところで、自分が被害者であることを自覚しないと先に進めないけど、被害者意識に囚われてしまうと、これも先に進めなくなる。今思えば、被害者意識に囚われていた頃って、苦しいけど同時にすごく楽だった。自分は被害者だから悪くないとか可哀想とか、いつか誰かが助けてくれるとか、被害者であることを口実にして問題行動の責任を放棄していたし、自発的な努力も放棄していた (本当は放棄できないんだけど、本人的には放棄できると何故か思いこんでいたw)

だけどそこに留まっていたらいつまで経っても救われない。「自分は悪くない、悪いのは周囲だ」と思いこんでいたら、いつまで経っても問題行動は止まらないし、苦しいのも治らない。最近になって、最初に師匠が言ったことの裏の文脈が分かるようになったことで、余計にそう思う。

「あなたは悪くない」の裏の文脈は「あなたは悪くない。だから自分を責める必要はない。相手が悪いのは事実だけど、今更それを責めても何も変わらない。さて、今、あなたはどうなりたいのか、どうしたいのか」治療の初期にこれを言われてたら、多分私が治療を受けることはなかったと思う。裏の文脈は強者の理屈。自分で何とか出来る人間、自分で自分を救える人間にしか通じない理屈。自分が被害者であるという意識が強いうちは、多分受け入れることは出来ないと思う。

最終的には自力本願

私は、この世は修羅の世界だと思っている。時には優しい人や、力になってくれる人もいるけど、全部丸投げしてもやってくれるかと言えばそうじゃない。そういう人たちもこの世界の中で守るべきものがあるし、他人のことよりも自分のことが最優先になるのは当たり前。他人のために自分を犠牲にしたり、他人の人生の責任を取ってくれるなんて普通ないです。

だから最終的には自分で自分を救うしかない。治療やカウンセリングも、自分を救ってくれるわけじゃない。あれは自分で自分を救えるだけの力を取り戻すお手伝いをしてくれるだけ。宗教も同じ。祈ってさえいれば救われるわけじゃない。祈りが自分に勇気を与え、未来を切り開く力を得るということでしょ。最終的に自分を救うのは自分しかいない。これを忘れたらいつまで経っても抜け出せない。

Heaven helps those who help themselves.

Footnotes

  1. つまりいじめ被害者の特徴で書いた「渦中の被害者」「自殺寸前の被害者」「生き延びた被害者」のこと Back

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