たとえ心を向けずに目だけを向けるトレーニングをしたところで、私が関わることのできる人間の数には、当たり前に上限がある。人に心を向けることに比べ、費やされるエネルギーは少ないとは言え、人に目を向けることもやはりエネルギーを使うのだ。
故に、私は出会ってからしばらくのうちに、その人と今後どれだけ関わっていくか判断せねばいけない。一切関わらないのか、目だけで関わるのか、心も向けるようにするのか、心を向ける場合、優先順位はどうするかを判断するのだ。
判断の段階では、絶対に相手に心を向けてはいけない。心を向けてしまった場合、判断に狂いが生じるからである。心を向けるということは、その人を感じることであり、その人の感情や想念を、自分の上でトレースすることである。我と彼の区別を、無くすことである。我と彼の区別がなくなった時点で、その人は私の身内になり、私はその人に対し、愛着を持つであろう。愛着は、ややもすると自分を曲げてまで「YES」と言わせようとする。一度生じた愛着を、後から断つには、非常にエネルギーを必要とするのだ。
判断の指標としては、その人との距離と、その人の抱える問題に着目するのが妥当であろう。
距離
距離に着目する場合は、近い人により深く関わるのが妥当である。家族やすでに近しい友人であれば、必然的に、心を向ける場合が生じるだろう。仕事での関わりはその次ぐらいである。まだ関係性の浅い人に対しては、安易に心を向けず、当面は目だけで関わるようにするのが、とりあえずは安全であろう。
その後は、関わる中で生まれた愛着の程度に従えばよい。
その人の問題
その人の抱える問題に着目する場合は、問題が小さければ小さいほど、単純であれば単純であるほど、深く関わっても安全である。大きな問題を抱える人は、それがどんな問題であれ、一般に感情が不安定であり、強い想念を抱えている。したがって、このような人に心を向けようとすれば、それに巻き込まれて自分が疲弊する危険性が増す。
誰に関わる場合でも、自分が関わることのできる問題がどこまでであるか、そのラインを明確に決めねばならない。自分の力量を超える問題を抱えた人に心を向けることは、その人との関わりの中で、大きな感情の混乱を引き起こす。その混乱の中で、自分とその人は、傷つけあい、共に疲弊だけを重ねるかもしれない。
さて、ここで自分自身に立ち戻って考えてみよう。果たして、その人に関わることは、自分にとって必要なことなのか?その人に関わりさえしなければ、自分は感情の混乱を起こすことなく、平穏でいられるのではないだろうか?その人に関わることで、自分の上に伝染してきた問題は、本来自分の問題だっただろうか?また、自分が混乱しているとき、自分に近しい人間は、それに巻き込まれずにいられるだろうか?そういう風に考えていくと、答えは自明である。
つまり、自分の力量を超える問題を抱えた人には、絶対に心を向けてはいけないのだ。場合によっては、目も向けず、一切の関わりを断つことが必要になるかもしれない。
初めから一線を引き、心を絶対に向けないことで、無用な混乱も傷つけあいも疲弊も生じない。一見、とても冷たい態度に見える。相手は私が冷たいと思い、私に不満を持つかもしれない。しかし、結果的に、相手を混乱させず、傷つけることもなく、疲弊させないでいられるならば、それは、相手にとってもよい判断ではないだろうか。相手の不満は、この際大目に見て、流すことにしよう。ていうかそれくらい我慢してください。また、関わらないことで自分が抱く、ほんの少しの罪悪感も、見ないで流すことにしよう。それは、お互いを守り、お互いが平穏にいられるために必要なコストなのである。
ジレンマ
ところで、ふたつの指標の兼ね合いが、判断における困難を生み出すことがある。家族やすでに近しい友人で、大きな問題を抱えている人とは、どの程度関わっていくべきだろう。
家族やすでに近しい友人には、すでに心を向けているだろうし、共に過ごした時間は、彼らに対する愛着を育んでいる。この場合非常に判断は難しくなる。しかし、どんな人であっても、自分に手に負えないレベルの問題を抱える人には、基本的に、心を向ける関わり方をしないのが大原則だ。
近しい人である分、完全に関わりを経つことは不可能であるから、関わったとしても、とにかく常に目だけを向けるように努力しなければいけない。もし心を向けたい欲求が出てきたとしても、絶対に心を向けることがないように、いったん愛着を断つ努力をすべきである。
あたかも簡単であるかのように書いているが、愛着を断つということは、事実上不可能であり、近しい人の中に問題を抱えた人がいると、巻き込まれて苦しむ可能性は高くなるのだ。これは人間が絶対に逃れることのできないジレンマである。
しかし、そのジレンマに向き合い、冷静に判断してその人から離れることは、自衛のための勇気ある撤退である。誰もあなたを責めやしない。あなたを責めるのはあなただけなのだ。
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