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親といういきもの

結納やなんだで実家に帰ったときのはなしとか回想とか。

相手方から、特産だからと果物を色々と頂いたのだが。

顔合わせで盆前に帰ったときは桃をたくさん頂いて、今回はぶどうをたくさん頂いた。うちは食事が終わったらデザートに果物を食べる習慣があった家で。私がそうであるように、父も母も、多分果物が好き。

「さて、明日仕事だから戻るわ」と言って、こっちに帰ってくるとき、「せっかく頂いたから持っていきなさい」と、ぶどうをどっさり箱に詰めてくれた。そういえば盆前に帰るときも、桃をいくつも詰めてくれた。「あんまり詰めると食べきれないから少なめにしてよ」と減らしてもらう。

母はこんな感じで、頂いたもののほとんどを、親元を離れて生活している子ども3人が帰省するたびに、惜しげもなく分配してしまう。父も何も言わずに「お土産を作ってるのか」という顔で見ているだけ。

まったく、せっかくあなたたちにと頂いたものをなんで自分たちで食べずに子どもに分けてしまうのか。上等の果物なんてなかなか食べられないのに、何を考えているのか! (頂いた果物はスーパーに売っているよりずっと大きくて甘かった)

こういうことがある度に、親といういきものは本当にばかだなとか思う。美味しいものは自分のお腹に入れたらいいのに。うちらのお腹はもう心配しなくて大丈夫なのに。本当にばかだ。ばかすぎる…

帰ってから、お土産をもしゃもしゃ食べる。

——

ところで、うちの親子関係が「悪くはない」ことに気づいたのは、私が親元を離れて、他人として親を見られるようになってからのこと。私が小さい頃の親子関係はもうちょっと違った。小さい頃、親は私にとっては《毒親的》だったのだろう。

私は、小さい頃、親が怖くて仕方なかった。いつの間にか親に心を閉ざすようになっていた。学校で何かあっても、親を怖れて一言も相談しなかった。何か言ったら怒られる、罰を受けるというのが、当時の親に対する認識。そんなだから、親が私の問題に気づくのは、いつも私が一人で抱えきれなくなって、つぶれかけてぶち切れたときだけ。切れたときの私には散々手を焼いたのではないかと思う。不登校にもなりかけたし、無気力で学校に行けない時期もあった。

高校卒業も近づいた冬、いきなり県外の大学に願書を出し、受かったから「あとよろしく」で親元を離れて大学進学。私はこれが最初で最後の反抗期だと思っている。電話がかかってきても取らなかったりしたし、極力実家から離れてひとりで生きたいとまで思っていた。生活費の援助は受けていたくせに、なんというワガママ、なんという視野狭窄だろうか。

小さい頃から、親は私にそれなりに期待をかけていただろうし、それなりに躾けたり叱ったりしただろう (たまに手が出るのも、今となってはしかたがないと思う) に、私はそれを全部「私を嫌っている」「私を憎んでいる」「私はいらない子」と解釈して、心の孤立を深めていった。その結果が大学4年での精神的な破綻。

それでも私は「こんな状態を知られたらあの家に戻らなくてはいけない」と怯え、親には事実を伝えなかった。伝えないで一人で何とかしなければいけないと思っていた。それからしばらくして、事実を親に伝えざるを得ない状況に追い込まれたのだと思う。そのときどうしてそんな状況になったのか、そのとき親がどんな反応をしたのか、全く覚えていない。その頃の記憶が空っぽで、思い出せない。私の記憶には、今でも何箇所も抜けがある。その頃を思い出そうとするとただ一面霞で、像を結ばない。

結局、無理矢理連れ戻さることはなかった。

——

その後、そのままの場所で治療を受けて、そのまま大学に復帰して、そのまま大学院に進学して、卒業して就職した。大学院を卒業する頃になって、私の、親に対する視点が変わった。多分それは治療の副産物で。被害者意識という呪縛からの解放。

さっき《毒親的》と書いたが、今となっては、多分、私が小さい頃の親のやり方と、私の小さい頃の性格傾向やもののとらえ方の相性が悪かったために、結果的にそうなっただけだと思う。あれから月日は経って、親はだいぶ丸くなったし、私の視点もものの考え方もずいぶん変わった。そうなってからやっと、私は親の愛情が理解できるようになったし、親にまともに向き合えるようになった。

今は、帰省するたびに安らぐし、家族っていいなぁと思う。

いや、実家で一緒にいると、うっとおしかったりうるさかったり、好き勝手ばかり言いやがってとか、こいつら案外子どもだなと思うことの方が多いんだけどな…!

——

大学4年で精神的な破綻を起こしたあと、未だに記憶が抜けている期間に、何か大切なことがあったのだろう。けどもそれが何だったのかとか、そういうのは、今となっては割とどうでもよく、今はただ、もうすぐ結婚して、本当に親離れしなきゃいけないのが少し淋しかったりする。自分が思っていた以上に「いい親子関係にある」ことを理解したのがここ数年だから、余計にね。親はいくら淋しいと思っても、子どもが自立するって言ったらそれを止める権利がない。

もっと喧嘩したらよかったし、もっとワガママ言ったらよかったし、もっと甘えたらよかった。

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