- 2007-09-13 (木)
- Category: IT的な何か
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空気読み力テストをやってみた。結果は左図の通りで、56 (Aクラス/一般人) だそうで。そらそうだよなー、いちおう一般人やってるしな。
空気読みテストの、項目の解説は以下の通り。
空気支配力:
「空気を読む」というよりは、自ら空気を作り出し、コントロールすることができる力。場の主導権を握ることができる。人間洞察力:
部分的な会話や表情から、他人の考えや感情を読み取ることができる力。ホンネとタテマエが分離しており、言いにくいことをはっきり言わない日本では特に重要。文脈把握力:
ある社会、集団、会話などの場で形成されている「コンテキスト(文脈)」を把握する力。会話柔軟力:
必ずしも自分の本心とは異なっていても、相手に合わせたり、役割を演出することで柔軟に会話を運用することができる力。場の「和」を保ったり、「楽しさ」を演出するためにも重要。TPO力:
TPOをわきまえた言動ができる力。TPOをわきまえず、他人に不快感や気まずさを与えるのもまた「空気読めない」と思われることがある。
読むことはできるっぽいのに、空気を支配する力が突出して低い。一般人は大抵こういう傾向なのではないか。普通に暮らしている分には、空気を読んで、空気に合わせられればとりあえず日常には支障をきたさない。とりあえず「黙ってニコニコしておき、場の要請があるときだけ発言する」ようにしておけば浮かないから、自ら空気を操作する必要があまりない。
私の場合、空気支配力があるかどうか以前に、そもそも空気を支配しようという意志がない。この結果は見事にそれを反映していると思う。
空気支配力が求められるのは、人を引っ張っていく立場の人間で、こういう人においては空気支配力の低さは、適性がないということになるのかもしれないね。
ところで、何故「空気を読むか」と言えば、さんざん語り尽くされているように、日本文化が「察する」文化だからでしょう。雰囲気文化。
日本で生活する限り、空気を読むことは要求されるだろうし、実際その中で生活してきて、ある程度空気を読むことを学習してもいる。
個人的には、察する文化のよさは、場にいる人が、場によい選択をなんとなく皆でしてしまうというところにあると思う。これが機能しているとき、たとえばそれは自浄作用として働いたりするので素晴らしいことだ。
しかし、個人が、対峙している相手に、察することを要求するのは甘えだと思う。言わないと理解されないと、いい加減に気づいて欲しいし、何も言わないくせに「察してくれない」とか怒り出すのは勘弁して欲しい。また、勝手に察して勝手にお節介したり、勝手に場の空気を誤解して怒り出したりするのも勘弁してほしい。
空気文化のマイナス面を見ると、はっきり言う文化の方が、誤解が生じにくくていいのかなと思うこともある。
個人的には、これからは空気を読めても、あえて読めないふりをする能力も必要になるのではないか。いや、言ってみただけです。居心地の悪い空気をあえて読まないことで、ストレスが多少軽減されたり、あえて読まずに好き放題することでストレス軽減されたりって、そんなことないかしら?
Comments:3
- ちぢれちゃん 07-10-08 (月) 22:32
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ガンがるぞ
- TsumuRi 07-10-12 (金) 18:55
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うい、俺もがんがりまつるよ
- 安藤和子 07-12-02 (日) 11:52
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どんな結果がでるかな
