副題「コミュニケーション手段としての読書」
前のエントリ、私家版十大小説に、小川洋子や森博嗣が挙がっているのに、村上春樹が挙がっていないことを疑問に思った人はいないでしょーか。
改めてご挨拶します。村上春樹を読んだことのない女、TsumuRi です。これ冗談じゃなくてマジです。
私は「ノルウェイの森」も「スプートニクの恋人」も「ねじまき鳥クロニクル」も「海辺のカフカ」も読んだことがない。中学校の頃には既に村上春樹は一世を風靡しており、「○○文庫の100冊」などにも、村上作品は何冊も掲載されていたというのに、読んだことがないのである。
ちなみに、同じ苗字の作家、村上龍の小説なら何冊か読んだ。「5分後の世界」とか「ヒュウガウイルス」とか。いや全然関係ない話なんだけどさ。
…本題に戻って。
なんでいままで村上春樹作品を全く読んだことがなかったかと言えば、そんなの中二病こじらしたからに決まってるじゃないw
中学生の頃の私は、皆がライトな現代小説を読んでいるのを横目で見ながら、なんとなく難解な近代小説に手を出したのである。高校の時もその傾向は続き、まぁ前のエントリを読めば分かると思うんだけど、現代小説よりは近代小説、さらにいうならエンタテイメント作品よりは文学作品に傾倒していったのである。
で、反動が来たのか、大学時代・大学院生時代には現代文学をすっ飛ばして現代のエンタテイメント作品に飛ぶ。ていうか飛びすぎ。最近の私はあれだよ、安部公房作品とミステリーもしくはホラー小説1 くらいしか読んでいないと言っても過言ではない。
大学院生まではこれでもあまり困らなかったのだ。なぜなら、大学院生までは全ての人間をプライベートクラスタに分類してもあまり困らなかったからだ。ある程度は地が出ても許されるというか、お互い地のままで接した方が楽であった。
それが、就職のための面接を受け始めてから事態がちょっと変わり始め、会社に入ってからこれは困ったぞという事態に陥ったのである。
会社にはいると、ビジネスクラスタが発生する。会社の上司とか先輩とか。飲み会の席なんかで、趣味の話なんかになったりする。上司や先輩が、無難に「最近なにか本読んだ?」とか聞いたりするでしょ?
こういう浅い会話の席で、たいへん困る。
あまり偏った読み方をしていると、こういう席で本の話題が出たとき、聞かれても相手が食いつきやすい答えを投げられないので、それ以上会話が続かなかったりするのである。
本当に、もっと若いうちに村上春樹を読んでおけばよかったとかすごく後悔した。とりあえず何人かいたら誰かは絶対読んでるよ村上春樹。間違いないよ。
—
私は、ビジネスクラスタが発生してから、ある程度、王道や流行は知っておいた方がいいと思った。誰にでも通用する万能の答えは、まったくないよりは最低ひとつは持っておいたほうが無難なのだよ。
例えば古今東西で名作と呼ばれている作品や、幅広い年代に読まれている作品、今まさに旬の作品など。誰にでも話せるという観点から、知名度は大事。
知名度を押さえた上で、あまりアクが強すぎないことも大事。いくら知名度が高くても、澁澤龍彦や団鬼六、マルキドサドという選択はあまり無難ではない。
そういう観点で、村上春樹は非常にバランスの取れた作家だと思う。なので私はこの歳になってまだ一作も読んでいないことを微妙に後悔していたりするし、この歳になって初めて村上春樹作品を読んでみるというのも、それはそれで話のネタになって美味しいかなぁとも思うのであった。
—
この「無難」チョイスのしかただけど、初めてある作家の作品を読む人に対して、何を勧めるかにも通じるものがあるような気がする。
いきなりアクの強すぎるものは勧めないような気がするのだよねー。
Footnotes
行頭の数字は本文中の注釈番号に対応さしてます。
- しかもこれらも著者が豪快に偏っている Back
Twitterで
つぶやいてみる?
関連記事:こちらも一緒にどうぞ☆
Comments:0
Trackbacks:0
- Trackback URL







