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怖さを感じるとき

文章を書くときに、途方もない怖さを感じることがある。
例えば、社会的なあれこれを要請されたり、とか。

実際に要請されているかどうかはさておいて、要請されていると感じることがある。例えば、私と全く異なる立場の誰かがいることを知ってしまったとき、多くの親切で心優しい人がいることを知ったとき、何を言っても相容れない人がいることを知ったとき、そういうとき私は言葉を発するのが怖くなる。

乱暴に、言葉を投げっぱなしにするのは簡単。馬鹿でもアホでも何でも言えばよいのだ。何を言ってもいいでしょう。だって言論は原則として自由なんだから。

だけども、本当に投げっぱなしにしていいのかと、そういう人の姿が訴える。私には思いもつかないようなことで、他の人が傷つき、悲しむ可能性を想像する。配慮しないではいられなくなる。齟齬がないように言葉を選ぶ。誤解がないように前提条件を丁寧に説明する。丁寧に丁寧に文章を練る。そんなことを繰り返しているうちに、草稿のままで公開できなくなる。そして時間が過ぎ、馬鹿馬鹿しくなって、消す。たいていはこのパターン。

私の個人的な価値判断です。ここに書いてあることは全部。しかしそう取ってくれない人間がいる。私がただその一面についてだけ、単に私の思いの表明として好き嫌いを語っただけで、人間性の全てを好きもしくは嫌いだと判断し、場合によっては攻撃されたと過剰に捉える人がいる。

分かっているから、そう思われないように言葉を探す。何度も何度も、これは単に個人的な思いであると強調し、それでも理解してもらえない。こんな悲しいことがあるでしょうか。

私が想像しているほどには、他人は私の言葉など気に留めてはいない。そう考えて好き放題書いてよいのでしょうか。私の関心領域が、自分の問題に向かうにつれ、人の心のデリケートな部分に向かうにつれ、私は言葉を発することの怖さを肌で感じるし、迂闊に何かを言ってしまうことを、そして取り返しのつかない事態が起こることを、怖れる。

過剰な自意識。馬鹿馬鹿しい。

これはある意味、私が頭の中で作り上げた自意識過剰な妄想である。現実と混同してはいけない種類のモノ。しかしそれによって生じた恐怖は紛れもない事実であって。さてこれをどう解くか。ぐるぐると回る。

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