まだ「分かる」シリーズが続いています。いいかげんうぜえよ俺。
とりあえず、ブクマコメントも合わせて見るとよいかも。別に見なくても話は通じるとは思うけど。
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人を理解しようと、真摯に努力している人ほど、相手を理解できなかったことで、断絶を感じて、傷つく機会が多くなるような気がする。ブクマコメントを見ていて、なんとなくそんな印象を受けた。
それが集約されているのが mereco さんのコメント。
2007年10月13日 mereco 聞き手として乱用したくない言葉ではあるけど、相談された挙句に「わかるって言うな」って言われたら相手によっては相談時間に応じた時給を請求したくなるん
自分の経験上の話だけども、聞き手と話し手の関係を考えてみると、相手を真摯に理解しようとしている聞き手にとっては、「分かるなんて言うな!」とか「あんたなんかには分からない!」とかいう話し手が、聞き手に対して心を閉じて、全力で拒絶しているかのように感じるのではないか。
私が話し手だったときは、全力で聞き手を拒絶したよ。なんかね、これだけ一生懸命話しているのにどうして分かってくれないんだろうとか、なんだかすごく自分が孤独に思えて、被害者意識の塊になっていたから、もう何も話してやるもんか!とか意地になっていた。
話し手のこのような態度の結果、聞き手は、分かろうとしていろいろやった努力も、全て踏みにじられたかのような気持ちになるのではないか。
私が、聞き手に回ったときは、そう感じた。なんて理不尽なことを言いやがるんだこいつ、と思った。まるで、分からない私が悪いかのような、私が拒絶の原因を作り出した原因であるかのように感じた。実際、話し手が閉じてしまった原因はどっちにあるのかはっきりしない。多分両方にあって、交わった結果そうなったのだろうと推測するしかない。
これが何度も続くと、敏感な人は参ってしまうのではないか。
実際、何度も連続でやられたときに、私と周囲との、心地よくて暖かい繋がりが、急に全部切断されて、暗くて小さな穴に、急に落ち込んでしまったかのように感じたから。私はこれを「断絶」だと感じた。
最初に書いたように、真摯に人の話を理解しようとするほど、相手が閉じてしまったときに、断絶を体験することも多いだろう。
ここからは、飛躍するし、なんとなく感じるというだけの話。人と深く話すことをせず、表面上の、建前だけ、ノリだけの付き合いでいる人たちは、人と深く関わる過程で起こるかもしれない、断絶体験を怖れているのではないか。
人を深く理解しようとするほど、踏み込んだ相手が閉じることも増えるかもしれないし、自分が「分からない」ことを表明しなくてはいけない機会も増えるかもしれない。それによって、悩むかもしれないし、苦しむかもしれない。
それでも、私は、人と深く関わることを、諦めたくはない。
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