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大木を目指して

酸っぱい葡萄狩りキャンプ – はなてダイアリー、メンタコ

リンク先の絵、うめぇ (・∀・)ニヤニヤ
ほどよい皮肉っぽさと、それでもこの先なんとでもなるさ!な感じがいい。

木であることに感激した

i04氏の絵に唸ったのは、自意識やプライドを木として表現したところ。これがもし電柱だったら、そんなに感激しなかったと思う。

木はちゃんとお世話したら、すくすく育つ。折れても傷ついても、病気になったとしても、時間はかかるけど回復することができる。木の下にある地面に地雷が埋まっていようが、なにか変なものがうまっていようが、それに気づいて撤去してやれば木は問題なく育っていく。

そして、しっかり育った木は、暴れん坊のクマーがやってきて多少揺さぶろうが、ガリガリやろうが、そりゃちょっとは傷つくかもしれないけど、あんまりダメージは受けなさそう。樹齢1000年くらいの大木になったら、大地と同化できるかもしらんしね。

半年ほど前に書いた絵のこと

き

このややこしげな心を、最終的にどういう方向に持っていきたいのさ?とブツブツ考えていたことがあって、そのとき空から降ってきたのは、根っこをしっかり張った若木だったのさ。そういうのもあって、よけいに感激してニヤニヤとした。こういうシンクロは、楽しい。1

というわけで木を育ててみましょうか

ここからは、絵とはあまり関係ない自分語りなので放置するがいいさ。

ブログなんて書いていると、心のセキュリティホールを無自覚に晒しがちで怖い。2 それ、悪意のある人がつついたら、すぐに崩れてえらいことなりますから!という例をいくつも見た。

このへんは前に書いたので割愛。
Spherical-moss.net » ブロガーの自衛

ブログ炎上には、多かれ少なかれこれが影響してるような気がする。セキュリティホールをつんつんされたら、一瞬で頭に血がのぼっちゃうの。

「うぁぁこの人大丈夫かな」と思いつつも、そういう人間模様をニヤニヤと眺める私もいる。「うぁぁなんて無自覚なんだ、なんて醜悪なんだ、人間っておもしろすぐるwww」とか思いながらニヤニヤしている。悪趣味ですいません。

一通り観察して満足したら、自分のことが気になり始める。私は意識できていなくても、実は外から見たら丸出しだったりはしないだろうかと、我が身を振り返る。ま、たいてい、引っかかる部分っていうのは、自分の内側にあったりするんだけどね。

そして、人間模様を眺めてニヤニヤした分は、たいてい自分自身に降りかかってきて、「うごごごごご……」と呻くハメになるのだ。ニーチェの有名な言葉に、

怪物とたたかう者は、
みずからも怪物とならぬようにこころせよ。
なんじが久しく深淵を見入るとき、
深淵もまたなんじを見入るのである。

……というのがあるんだけど、なんていうかそんな感じ。3 他者を観察してニヤニヤしようと企む者ほど、自己の自意識の弱点や醜さに直面するハメになることが多い、と思う。

ネット世界はいい感じでリアル世界の延長であり、縮図であり、リアル世界がそうであるように、教師も反面教師も溢れており、文章でのやりとりが多いからこそ、いろんなものがよく見える。

ところで、私は人のことを見ながらニヤニヤしてるけど、ぶっちゃけ同類だし、いやむしろこういうのを眺めてニヤニヤしている分、そうじゃない人より醜悪かもしれないとは考える。考えるけどもそうなんだからしかたないもんね(開き直りメソッド

一旦腹をくくってしまえば、自分の心根なんぞ、別に怖れることもない、とは思う。自意識のありようから目を背け、それがどんな姿かも知らないくせに、それをなにかいいものだと信じたいという過剰な期待こそが、直面することを困難にする。

もう何度言われたか記憶にないくらい言われまくった「在るがままを認めなさい」って。が、自分のしがみついているものが大木だと信じたいのに、実際は今にも折れそうな老木だったことを知るのは、あまりにもショックが大きい。だから、急に言われてもできるかよバカ!見たくないんだよバカ!っていう話。

そんな感じで、自分の弱点や醜さに対して、ある程度冷静でいられるようになるまでは、だいぶ時間がかかったけども、いったん受け入れ始めたら、これらをどういう風に持っていけばずっと楽しく快適にいられるだろう?とわくわくしながら考えられるようになった。

何度も何度も自分の弱点や醜悪さに直面して、変えようと思って失敗して、それでも変えられなくて、自己嫌悪に陥ったり、もう嫌だ!と思うことも、まだまだある。そうなったらそうなったで、とりあえずスルーしてみるなり、棚上げ力を発揮するなり、人のせいにしてみたり、言い訳しまくってみたりで、とりあえずの防衛はするんだけど、それも完璧じゃない。

やっぱり木の下に埋まっている地雷やいろいろはちゃんと撤去して、折れたところも傷のついたところもなおしてやって、いずれは大地と同化するくらいに木を育ててやりたいなぁと思うのでした。

Footnotes

行頭の数字は本文中の注釈番号に対応さしてます。

  1. 絵の中で空を内界、地面を外界、としているけども、最近、この対応には少し違和感があるぞ?と思うようになった。もしかして逆かも。 Back
  2. こんなことを言う私自身も、かなりの勢いで垂れ流していると思う。 Back
  3. しかし私はこの言葉がどういう文脈の中で語られたものか、実は知らないんだよね。←ちゃんと読みなさい Back

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Comments:2

i04 07-11-13 (火) 22:10

感想有難うございます。

シロクマ先生関連の絵は、シニカルでアイロニカルでありながらも毒を効かせ過ぎずユーモラスであるように仕上げようとは気は使っております。

自意識はまさに木ですね。

傷つきはすれど育ちもするし、脆弱にもなれば、グリズリーやシロクマがバシバシ張り手を食らわせてもビクともしない木になりもする。全ては自分次第。

自分を誤魔化す『自己欺瞞』で育てた木は根が弱くてボロボロ。シロクマどころかツキノワグマがちょっといたずらしただけで倒れそうになる。しょせん嘘は嘘。いくら声を大きくして徒党を組んだところで自分自身も心のそこでは嘘に気付いている。根が弱い事にも。

TsumuRi 07-11-13 (火) 23:13

いつも痛気持ちいい感じで楽しんでいます。

他人事として眺めればニヤリとできますが、自分事として捉えるとぐさぐさ刺さりますね。クマーのイタズラ程度で揺るがないように、腐った根っこは早め早めに処理してあげないと。姑息的な棚上げとか責任転嫁とかスルー力発揮もよくやりますが、たまにはしっかり処理しないとアレだなぁと、いつも身につまされています。

木というイメージのシンクロには、本当にびっくりしましたー。

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