今よりずっと幼かった頃、優しさには技術が必要なことを知らなかった。
その人 (以下K氏と記述) から初めてメールが来たのは、確か何年も前の夏の日のこと。
当時の私は、一日一日の小さな出来事をインターネットに書き留めていた。そこは本当に小さなサイトで、訪れる人も今よりずっとずっと少なかったのだけど、通りかかった人が掲示板やメールを介してメッセージを残してくれることが多かった。たったそれだけの繋がりなのだけど、何度も繰り返すうちに仲良くなったりして、顔も名前も知らないけれど、掲示板やメールの上では、お互いに深く理解し合えているお友達、そういう感じの人が増えていった。
メールを開封する前、K氏ももそういう種類の人だと思っていた。
だけどメールを開封し、内容をざっと読んだとき、頭の中で警告信号が点滅した。K氏は想像もできないような異世界に住んでいた。K氏の世界は私にとっては明らかに常識外れで相容れないもので、異常なものだったから。印象に過ぎないけれど、その瞬間の違和感は多分正しかった。
K氏は、《家族が彼を信じてくれない》と語った。《生活を脅かされる不安や恐怖を話しても、そんなことが起こるわけがない、だから忘れなさい、しっかりしなさいと繰り返すだけ。K氏は侵入者の恐怖に怯えていた。侵入者は彼の生活に入り込むだけではなく、様々な手段で彼の様子を窺い、彼を監視し続けている。そして、侵入者に狙われているのは彼だけではなく、彼の家族や友人までもである。それなのに、彼の家族はそれを信じない。公権力に訴えたところであてにならなかったそうだ。あまつさえ家族にはそれを外で言わないようにと強く命じられ、病院に無理矢理に連れて行かれ、無理矢理に薬を飲まされたこともあった》という。
私の感覚は、K氏の世界にどこか異常さを感じた。彼の世界は多分、妄想とかそういう類の、極端に偏った思いこみに属するものであり、すでに事実とは全く関連のないものかもしれない。文面には彼が抱える不安や恐怖、人間への強い猜疑心がとても強く表れているような気がした。K氏はひとりぼっちだった。そのひとりぼっちの世界は、多分私の想像もできないものだ。
当時の私は、無視するという選択を知らなかった。話を振られた者は、かならず応じなければいけないと信じ込んでいた。《私には、K氏の不安と恐怖を和らげることはできないし、その侵入者とやらの問題を解決できないし、家族とK氏の間を取り持つこともできない。私に相談するのではなく、不信があるかもしれないが家族や近しい友人に相談し、現実的に対処していく方がいいのではないか。不安や恐怖があまりに強いなら、気休めにしかならないかもしれないけど、一度精神科に相談に行ってみるのがよい1 のではないか。》私は少し考えて、現実的な対処だけを返信した。
その返信から数時間後、K氏から返信があった。
K氏の返信は感謝と賞賛に満ちていた。それは、裏返せばそれ以前の彼の孤独がどれだけ深いものだったかを意味する。感謝と賞賛に満ちている割に、K氏は私の返信内容を、全く踏まえずにメールを寄越した。私が提示した対処法は触れられることがなかった。K氏は、現状を変える気などは一切なかったのだろう。現状を変えないままに、彼の襲われている不安や恐怖、そして孤独を、とりあえず晴らして精神を安定させるために私にメールを寄越した、多分そういうことだ。現実的な対処は意味を持たず、ただ彼の話を聞くことだけが、彼の望みだったのだろう。それはK氏自身がメールに書いていた。
《私に対し、侵入者をどうこうというお願いはしていない。今まで誰もまともに取り合ってくれなかった話を聞いてもらえただけでも有り難い。これまで何人かにメールで相談してみたが、誰ひとりとして返信した人間はいなかった》そうだ。
その後毎日のように、ときには数時間に一度、K氏からメールが入ってくるようになった。あまりにメールの数が多かったので、基本的に返信できるときにしか返信できないし、全部に返信することもできないと伝え、K氏はそれを了承した。私はどういう相手であれ、返信は早くてもメールの翌日、一日に一度までしかしない習慣だったし、K氏のメールはほとんどがただ毎日の気分や感情、侵入者への不安を綴った内容であり、毎回返信する必要性を感じていなかった。
それでもK氏は、人に対する語りかけとしてはあまりに支離滅裂で、頭の中に浮かんだことを、脈絡など何も考えずにただ並べてみたような、理解するのに労力を要するメールを毎日のように送ってきた。ときには全く文脈が読みとれないメールが送られてくるときもあった。K氏にとって、私とのやりとりは、たまに返答をする壁に独り言を呟き続けているようなものだったのかもしれない。
当時の私の心情を、返信する必要性を感じていなかっただけだとするのは、少し乱暴かもしれない。本当は半分くらいどうでもよかったのだ。そして、一方的にメールを送りつけてくる、どこか異常な感じを抱えているK氏を、じょじょにフェイドアウトしたかったというのもある。最初に伝えた現実的な対処をK氏が無視したこと、返信の有無に関わらずK氏がメールを送信し続けたことに、私は少し怒っていたのかもしれない。
半ば一方的なやりとり2 が1か月ほど続いたあと、K氏からどこか緊迫した印象のメールが来た。そこにはあいかわらず侵入者への不安や家族への不信が綴られていて、ただこれまでと違って、私にはっきりと助けを求めていた。そこには私に助けを懇願する文があり、K氏の携帯番号が書かれていた。
私は、その段階でそれをつっぱねた。いちばんはじめの段階で、《私がK氏の不安や恐怖を和らげられないこと、侵入者とやらの問題を解決できないこと、家族とK氏の間を取り持てないこと、家族や近しい友人に相談し現実的に対処していく方がいい》と伝えていたこともあり、そういうことだからK氏自身がなんとかしてくれと返信した。元々メール以上の関わりを持つ気はなかったし、こちらから電話はしなかったし、電話番号も教えなかった。
しかしその時すでに手遅れだった。メールに返信した時点で、K氏の中では私に対する依存心と執着が育っていたのだと思う。彼の言い分はこうだった。《私の言うことは理解しているがそれでも私が何とかしてくれないとダメである、K氏自身は監視されているから何もできない、家族や友人もすでに侵入者と変わらない。何もできなくていいからせめて電話で話してくれ》と。
私は、再度それをつっぱねた。そのときたまたま数日家を開けることになり、それに伴って一切メールを見られない期間が空くことを伝えた。
戻ってからメールを確認すると、酷いものだった。新着メールのほとんどはK氏からのものだった。K氏は多分、私のメールを読んでも内容をまったく理解していなかったのだと思う。
K氏のメールは、それでも私に何度も何度も助けを求めていた。繰り返される行為は悲痛でさえあった。途中から、恨み言に変わった。《結局私も他の人たちと同じように、冷たく、簡単に人を見捨てるような人間だったのか》、《話を聞くふりをして、本当は侵入者の仲間であり、侵入者たちに情報を流していたのではないか》と。恨み言はそのうち、謂われのない罵倒に変わった。
K氏のメールに混じって、ネットで繋がっていたお友達数人からのメールがあったのだけど、それも酷いものだった。彼らのところにもK氏から何通もメールがあったそうだ。K氏のメールの主旨は《私がどうしてK氏を見捨て、裏切るような真似をしたのか》《私と繋がっているくせになぜ彼らは私になにも言わないのか》ということで、お友達数人にとっては全く謂われのないことであり、寝耳に水だったに違いない。K氏からメールを受けたお友達の中には、それらのことでK氏から責められ、恨み言を吐かれ、インターネットも人間関係も怖くなってしまったという人もいる。3
それから数日だけ、K氏は助けを求めつつ、恨み言を言うメールを寄越した。最後にきたメールの主旨は《何もかもが信じられないし、誰もが言い分を全く信じてくれない、生きていても苦痛なだけで仕方がない》ということだった。恨み言ばかりになってから、こちらから返信はしていなかったのだが、そのときはさすがに、《落ち着いたらメールでも入れて下さい》とメールを書いた。しかしそれ以来、現在までK氏からの連絡はまったくない。
最後のメールはK氏の死を思わせた。元々、K氏からのメールには自傷行為の記述がいくつもあった。また、自殺衝動を思わせる記述もところどころに紛れていた。過去に自殺を図ったようなことも書いていた。だからK氏がそのメールを最後に自殺していたとしてもなんの不思議もない。最初のメールの時点で兆候は現れていたし、状況が改善されなければK氏の精神状態が荒廃していくことも明らかだった。
メールが来なくなっただけのことだから、本当はどうなったのか分からないのだが、多分K氏は亡くなったのだと思う。インターネットだけの繋がりだから、掲示板もしくはメールで連絡が取れなければ、いないのと同じだ。メールに書いてあった電話番号には電話をしなかった。そんな度胸はなかった。K氏が亡くなったという可能性がそうさせた。
私は、K氏が死を選ぶ最終的な引き金になったのは、K氏にとっての私の裏切りだったのかもしれないと思っている。K氏にとって私は、孤独地獄の中で差しのべられた助けの手だったに違いない。助けの手に見捨てられることは、以前より深い孤独地獄にたたき落とされることを意味する。私は、最初からK氏のためになにかすることはできないし、いつでも返信できるわけでもないと伝えていたが、K氏にとっての事実は、助け手に巡り会ったと思ったら見捨てられたということなのだろう。必要なだけのものを与える力がなく、途中で拒絶を示すくらいならば、最初から一切関わらない方がよほど親切だ。私は最初のメールに返信するべきではなかったのかもしれない。私にはそれを判断する力さえもなかった。
力を持たない優しさは人を殺める。
力というのは、単純な「力」ではなく、もっと広い意味での力、能力、知識、体力、技術、すなわち人に助けを求められたときに必要とされる全てのもの。これを持たない優しさは、状況によって簡単に人を絶望と孤独に追い込み、人を殺める。少し優しさの運用を間違えば、人は死ぬ。特に、精神的に不安定な人間は簡単に死を選ぶ。
そして、何が原因であっても、元々その人が死を選ぶ因子を抱えていたとしても、関わった人に死なれるのは辛い。死なれるという経験は、人を酷く打ちのめす。死を選んだのはその人自身だ。何度そう言い訳しても、私がその人を殺したかのような罪悪感は消えない。
私はこのブログの中4 で、何度も何度も《我と彼の線引きをする》《距離を間違えない》《手に負えない問題には一切関わらない》などと書いているけども、それは多分K氏のことに端を発する。関わり方を間違えると、人を酷く傷つけるし、極端な場合、人は死ぬ。
そのことが自分を長い間苦しめることにもなる以上、人との関わりの前に自分自身とこれから関わろうとする相手を慎重すぎるくらいに観察し、客観的判断をすることは、自分自身を守るために必要なことだ。
Footnotes
行頭の数字は本文中の注釈番号に対応さしてます。
- K氏の侵入者に対する不安の強さになんとなく異常なものを感じたこと、また、当時の私がいた界隈はいわゆる精神系と言われる界隈であったこと、K氏が自傷行為や過去の自殺未遂についてもメールに書いていたことからも、精神科医の診察を受けてみるのが現実的に考えてベストだと判断した。 Back
- メールの数の比は10:1くらいではないかと思う Back
- 元々精神的に不安定な人同士で繋がっていたというのも悪い方に働いた。 Back
- 特に人間関係のカテゴリ Back
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Comments:3
- 元・品管 07-11-25 (日) 10:52
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おはようございます。
その人のその後が気になりますね。
生きている事を願います。人とかかわるのって難しいですね。
関わるからには、それなりの覚悟とちょっとした責任も生じるのかな?
共に歩んでいけたら良いんですけど・・・。私、仕事が決まりました。
もう直ぐ社会に出る予定です。
これからも勝手に読むと思いますがよろしくお願いします(^^) - TsumuRi 07-11-25 (日) 16:28
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お仕事決定おめでとうございます。慣れないうちはたいへんと思いますが、頑張って下さいねヽ(゚∀゚)ノ
K氏の件は、何年も前の話ですし、もう確かめようもないので、今はもう仕方なかったと割り切っています。ただ、私自身不安定な時期だったので衝撃は大きく、対人関係に対する考え方に、大きく影響してます。K氏の現在がどうかとは関係なく、教訓は生かしたいと思います。
- 元・品管 07-11-26 (月) 8:39
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そうですね(^^)
TsumuRiさんはTsumuRiさんの道を歩んで下さい(^^)ありがとうございます☆
私も自分の道を歩んでいこうと思います(^^)
仕事頑張ります。
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