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続・力を持たない優しさは人を殺める

こないだ書いてた記事、力を持たない優しさは人を殺めるが、思い出したまま、思いつくままにだらだらと書きすぎていて、K氏が支離滅裂だとか言えないなぁと思ったので要点のまとめとかやってみる。

「私」を主体にしてまとめると、責任の所在どうこうの話ではなく、関わった結果起こったことの顛末を全て受け止めても、ちゃんと立っていられるかという話になる。

K氏の場合は、単に消息不明という結果なので、本当のところは状態の悪化を見かねた家族により強制入院させられたとか、単に機嫌をそこねてメールを出さなくなっただけとか、そういう可能性はある。が、当時の私にとっては、K氏側の事実がどうであれ、消息不明という状態は、K氏の自殺を意味した。

また、当時の私は、私が関わることで、K氏に「助け手のふりをして近づいてきた人間が裏切った」という絶望感を与えたのではないか、その絶望感がK氏を殺したのではないかと考えた。

この部分にはかなりの論理の飛躍が見られる。もし、私の言動の結果、K氏が死を選んでいたとしても、責任の所在は私ではなく、選択を行ったK氏である。K氏の件を割り切ってしまった「現在の私」だから客観的に見てこのようなことが言えるのであって、当時の私にとっては「私がK氏を殺した」のと変わらなかった。

真実と、ある人の観察結果 (つまりその人にとっての事実) は必ずしも一致しない。客観的に見れば因果がはっきりしないものでも、当事者的視点で見れば因果が存在するようにしか思えない場合もある。特に当事者にとってネガティブな出来事であるほど、その因果は強く感じられ、当事者の心を縛るような気がする。印象だけど。

例えば今後、同様の出来事が起こったとしたら、当時と同じく様々な感情が襲ってくることが予想される。罪の意識、悲しみ、やるせなさ、怒り、無力感、抑うつ……その他もろもろ、多分ネガティブなものがほとんどだと思う。また、以前にK氏の件があったからこそ、それらの感情が増幅されて襲ってくる可能性もある。

そうなったときに、そういう感情から逃げるのではなく、責任転嫁をするのでもなく、ちゃんと処理して、現実的に折り合いをつけられるだろうか?

折り合いがつけられなかった場合、どうなるかと言えば、自分自身が精神的に潰れてしまう。相手を潰すだけじゃなくて、自分自身までもが潰れるの。そして、相手に対する思い入れが強いほど、一生懸命になればなるほど、自分自身が潰れる可能性も、高くなる。

これは、相手が死を選ぶとかの最悪の事態だけではなく、相手の抱える問題を拗らせてしまった場合全般に言えることでもある。また、私の場合だけではなく、人が他の誰かに何らかの形で関わっていくとき全般に言えることでもある。

個人的には、人に対してクールになれない人は、潰れる危険性が高いと思う。力を持たない優しさは、相手ばかりではなく、自分を殺める可能性もある。このあたり、肝に銘じておかないと危険。引き際を間違えたらアウト。

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