「職場」というものをイメージすると、生の風景がなかなか出てきてくれない。
最初に出てくるのが、目のイメージ。目の集合と、そこからくる視線のイメージ。その次に、ひそひそと囁く声のイメージ。生の風景は出てこない。
それらをかき分けて生の風景を探す。かき分けてかき分けて生の風景に辿り着く。自分のデスクがある。椅子に座る。椅子に座って顔を上げる。目のイメージと視線のイメージ、ひそひそ声のイメージは消えない。あいかわらず、在る。
イメージするのが嫌になって気を逸らす。逸らそうと思えば逸らせる。頭が働くのを止めたらいいだけ。身体に気をやればいい。
実際、職場にいるときには、目や視線のイメージやひそひそ声のイメージが具現化して見えているというわけではない。そこには、生の風景しかない。そこには人がいて、人はみな日常業務をこなしている。それだけ。
だけど、そこを離れて、「職場」というものを頭で描くとき、いつも目のイメージと視線のイメージ、ひそひそ声のイメージが最初に出てくる。強固に関連づけられている。酷いときは「無能は死ね」という脳内声に変わる。
その場にいるときは生の風景しか見ていない。だけど意識に刷り込まれているのは視線のイメージやひそひそ声のイメージ。見ないように、気にしないようにしていたものを、見ないでいられるわけがなくて、本当はいつの間にか、澱のように、心の奥底に積もっていく。
モラハラ上司がいるわけではない。口の悪い同僚や、噂好きな同僚はいるが。1 職場で、はっきりと「辛い」と感じることはあっただろうか? はっきりと悪意を持ってなにかされたことがあっただろうか? と自分に問う。多分あった、ような気がする。あったから耐えられなくてぽっきりいったし、イメージが関連づけられてしまったのだと思う。だけど、本当にあったかと訊かれると、あったと断言できる自信がない。
私は自分の記憶が真実であるという自信がない。記憶など都合のいいようにねじ曲げられ、捏造される。「職場」を思い描いたときに、関連づけられたイメージが最初に出てくるのがいい例で。都合の悪い部分はなかったことにされて、都合のいい2 部分は増幅されて。人の記憶なんていいかげんで曖昧だ。
「職場」に対して感じる恐怖の原因が、職場環境なのか自分の認知のバイアスなのかを冷静に見極めなければいけない。多分、認知のバイアスの方だと思うけど。これを修正していくには実像を客観的に観察して、認知のバイアスが正しくないことを延々と確認していく作業が必要。苦痛があっても、その中でやらなくてはなにも変わらない。
「そんなに辛いなら辞めちゃえば」と人は言う。「結婚してるんだから脱却できるまで自宅で勉強するなりして平穏な状態を取り戻せば?」と言う。ああそうですね、正論ですね。
しかし、たとえば今の状態で辞めたとして。再就職のために面接を受けに行くとして。「前の会社は何故辞めたの?」とか「前の会社で得たものは?」とか聞かれて、答えられるものがなにもない。「あなたのできることは?」と聞かれて、答えられるものがなにもない。きっと面接中に視線のイメージやひそひそ声のイメージを見てしまって、挙動不審になる自分のイメージしか浮かばない。しみついた「負け犬意識」「被害者意識」が不安を増幅する。
全部捨てちゃえばいいじゃないか、経歴も安定もなにもかも全て、と思う。なんだかんだで今にしがみついている。変化を怖れている。今のままであれば、精神的な苦痛はあったとしても、それ以外の面では安定してるもの。今まで積み重ねてきたものも有効だもの。少なくともこれ以上はひどくならない。それにしがみついているから動けない。しがみつきを止められない限り動けない。
しがみつきの原因は先の見えない不安だ。不安の原因は己に対する自信のなさだ。「○○ができます」「こういう肩書きもってます」は自信にはつながらない。それらは自分を大きく見せるためのメッキに過ぎない。自信がないからメッキにすがったり、しがみついたりする。他者の評価も自信には繋がらない。他者がなにを言っても、己が己を評価できなければ自信には繋がらない。
だいぶ変わったと思っていたが、本質はなにも変わっていない。心の深い部分には、周りの顔色を伺いながらびくびくしていた子どもが住んでいる。己は無力である、どうしようもない、生きているだけ無駄だ、死ねばいい、と叫び散らしている。被害者意識の塊だった頃に戻っている。おまえは一人で歩けるんだよ、自律的に生きられるんだよ、と、教え込んでいくしかない。
不思議なことに、人生について考えると悲観的なイメージはほとんど出てこない。むしろのほほんとしたイメージしかない。仕事について考えると悲観的なイメージしか出てこない。仕事への適応が最後の砦。多分。
Footnotes
行頭の数字は本文中の注釈番号に対応さしてます。
- てか女性が多いんですよ。しかも群れるんですよ。群れる女子の話のネタといえば、ねぇ?←偏見 Back
- 「都合のいい」は「自分にとって有利」の意ではなく「自分が考えるところの世界観にフィットする」の意 Back
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