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加害は絶対悪やろ

たまに聞く言葉で、「いじめられる方も悪い」っていうアレ、何?1

被害者は悪いことしてないし

こういう発言を目にするたびにアホちゃう?と思うのだが。

悪いのは断じて加害者ですよ。「他者を害するという選択」をしたそいつが悪い。いじめの加害者−被害者の関係で、決定的となる行動を、能動的に選択できたのは加害者だけだから。

私は、「いじめられる方も悪い」という発言を聞くたびに「環境の犠牲者気取ってんじゃねぇよwww」とか思うのですが。「原因は被害者の側にもあったのだから、自分が加害してしまってもしかたがない」という考え方。自分の行動はただの結果だ、自分はこの行動を選ばされたんだと言わんばかりのこのふてぶてしさ!自己正当化の極み!

まぁ、ぶっちゃけた話、自分が能動的に加害したことを認めるのはしんどいです。環境要因のせいで、加害をせざるを得なかったという、受動的な、どこか被害者的な意識でいた方が楽なのは事実です。

だけどその意識を持ち続ける限りまたやるよ。間違いなく。誰かに止めさせられたから、とか、誰かに怒られたから、とかいう理由で止めた場合、自分より強い存在である「誰か」がいなくなったら簡単にたがが外れる。己の行動や感情は己がコントロールするという強い意志を持たない限り絶対繰り返す。

何を言っても加害は絶対悪

どれだけ正当化しようが、加害は絶対悪ですよ。

人間社会は弱肉強食のジャングルではなくて、相互扶助のコミュニティだから。全員が幸福であることを目指すわけ。そんな中に、加害行為が持ち込まれた瞬間、幸福の礎である「安全」が脅かされる。

本当なら、全員の欲求が、全て肯定されたらいいと思う。何もかもが己の欲求通りになった状態が、その人にとっては最大の幸福でしょ。

だけど、相互扶助コミュニティの全員が幸福になるためには、最低限、安全を脅かされる人がいてはならない。だから、ある欲求が他の人の安全を脅かす場合は、その欲求は自発的に放棄されなければいけない。だから加害欲求なんてものは最初に放棄されないとあかんのです。

どういう欲求であれ、暴力を盾にむりやり通す人がいる時点で、人がコミュニティを形成・維持するための最低限のルールが崩壊するので、暴力も同様に絶対悪だと思う。234

もっとも理想的な形は、さっき書いたように全員の欲求がそのまま通ること。だけど理想はしょせん絵空事で、現実的にはそんなこと有り得ないんだから、とりあえず最低限、加害と暴力だけは捨てて、全員の妥協点を探していこうという話。

罪を憎んで人を憎まずでいたいけど

罪を憎んだら人も憎んでしまうのが人間の性のようで、あいつは悪いヤツ、だから殴っていい、とか不思議な論理5 が横行するのも見かける。

いじめっ子が権力を失っていじめられっ子になることもありますねぇ。だけど、元いじめっ子だからって、いじめていいわけじゃない。それは「原因は被害者の側にもあったのだから、自分が加害してしまってもしかたがない」という考えとなんら変わりない。こういう場合でもやっぱり暴力は絶対悪。執拗に叩いて、元いじめっ子を追い込むことには何の正当性もない。6

こういう場合、正義の御旗の元に大暴走を始めるのが恐ろしい。己が正義だと信じているからねぇ。その正義が「叩きたい」という欲求を満たすための口実ではないか、常に確認しながら動かないと危険だ。

相互扶助コミュニティや、その中で生きる個人にとって困るのは、いじめという加害行為や、加害を正当化してしまうマインドであって、元いじめっ子の存在自体ではない。その子が加害をしなくなったら、そこにいても無害。誰も困らない。7

昔の人はうまいこと言いました「罪を憎んで人を憎まず」

ま、元いじめられっ子がイライラするとか、周りの溜飲が下がらないとかの問題はあるかもしらんが、それは安全が脅かされるほどの大問題ではないでしょ。そのへんのわだかまりは、一方的な暴力で解決するのではなく、当事者間で話し合って落としどころを見つけたいなぁという話。8

私は基本的に平和主義者です(なんというまとめ

余談:理不尽な怒り

私は、基本的には平和主義者なんだけど、加害する人間に関してはなんかものすごい憎悪がある。加害−被害の関係性における言説に関しては、被害者に過剰に肩入れする傾向がある。そしてややもすると加害者の行為だけではなく人格にまで言及して叩く傾向がある。この傾向は己の経験からくるバイアスだから、それを自覚してものを見ないと偏りすぎてしまってやばい。

いじめっ子にしてみりゃ、なんで当事者でもないおまえが遠くからごちゃごちゃ言ってるねん、いう話だ。そういう意味で私のこの感情は理不尽な怒りなのだろう、と思う。

えーかげんにこんなしょうもない脊髄反射もやめたいのだが、執着を振り払えるのはいつのことになるやら ┐(´ー`)┌

Footnotes

  1. また沖縄であったレイプ事件も同じね。自衛が自衛が、って無駄に騒ぎ立てている人たち何なの?自衛しててもどーにもならん場合だってあるっつの。そもそも犯罪をやるような人間がうようよしてる世の中がまずおかしいんだっつの。そういうバカたちは犯罪行為をやめろっつっても止めないんだろうけどね。それでことさらに自衛が叫ばれるんだよね。根本的に間違ってるよね。 Back
  2. ただし、暴力も、正当防衛の場合は認められざるを得ないかな、とは思う。いきなり相手に殴られて逃げないとやばい場合は、とりあえず殴ってしまうのはしかたがない。最低限の安全を守るためであれば、やむを得ない手段。できれば殴りたくないけどごちゃごちゃ言ってる場合じゃない。 Back
  3. 正当防衛は有りだと言ったら、なんでもかんでも拡大解釈して正当性を認めさせようとする人がいるのでそれも困ったものだが。最低限の安全が脅かされるレベルじゃないと、正当防衛とは解釈できないって。 Back
  4. 弱肉強食のジャングルの中で暮らしたい人は加害でも暴力でも好きにしたらいいと思う。ただし、もっと強い人に狩られてからびーびー泣いても誰も助けないけどね。相互扶助のコミュニティのルールをを自分から放棄しておいて、どの面下げてコミュニティのルールの恩恵を受けたいとか言うのか。アホちゃうか。自分のケツは自分で拭け。 Back
  5. これってネットイナゴの論理でもあるよね Back
  6. いじめを受けていた子が、やられた分だけきっちり返す程度ならば、ギリギリ有りだろうな。推奨はしないけど。 Back
  7. 加害を止めた人についてはもう困らないとは言え、加害を繰り返す人はどう扱ったらいいのか困りますね。どう考えても加害行為をする人が悪いのだが、こっちが避けるしかないのか。すさまじいジレンマだな。超うぜーな。最低限、加害と暴力だけは捨ててくれという話だ。 Back
  8. 「当事者」の範囲をどこにするか問題が発生しそうだが、いじめの場合はいじめっ子といじめられっ子、範囲を広く取ってもその両親までだな。あとの人間は外野です。相談を受けた人なんかは、自分も当事者だと思いこみがちだけど、直接加害されたわけでもないのにごちゃごちゃいいなさるな。いじめられっ子自身が納得できる結論がベストよ。 Back

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Comments:2

i04 08-02-29 (金) 0:13

ちょっとエントリーの趣旨からズレている部分もあるかもしれませんが

イジメってのは、ボクは場の『空気』と『間』によって発生する部分が大きいと思うんですよ。

集団になると悪ノリの酷い嫌な奴も一人になると、いつもの調子の良さが無くてシュンとしてたり大人しかったりする。家と学校で人格がまるで違ったりもする。

確固たる<己>が確立されてなくて、ただその場の空気の流れを読んでるだけの不安定な人。こういう人は善とか悪とかよりも、空気の流れが全てで、どっちかと言うと楽な方に流れていく。

誰がイジメの被害者になるのか?と言うのはボクはそれは<運>の要素が強いと考えます。
本来別に何の判りやすくイジメられる要因の無い子でもたまたま所属したクラスとか組織とかの『空気』と『間』の中で上手く立ち振る舞う事が出来ず、それがペナルティポイントみたいに蓄積されて何時の間にか<イジメられる役>と言うキャラクターを演じさせられる。

他の人間は、明確な悪意があると言うよりも、その空気で<イジメられる役>のキャラを弄ってじゃれあっているつもりで、何にも考えてない。被害者が自殺したとしても『ああ、死んでしまったなぁ』くらいの感想しか出てこない。
その場のノリでやったとはいえ、やった事はやった事。悪は悪だけど、その場のノリと空気でどこまでも残酷になれるんだから、頭空っぽぶりが凄まじく救いようが無いと思います。。。

ここで下手に心がズタズタになっている被害者に『くじけるな!』とか『努力しろ!』みたいな事を言うのもボクは駄目だと思います。
それは暗に「お前が弱いからだ!」と言っているのと同じで、被害者は「自分は弱くて馬鹿なんだ!人並み以下なんだ!」という強烈なコンプレックスを植えつけてしまいう危険性があります。
もしもこういう子が猛勉強して出世したり格闘技を習って腕力を身に付けたりすると、イジメを寄せ付けない『力』は手に入れてタフな人間にはなるけど、同時に「この世は力が全てだ!」と言い切るような歪んだ性格になって弱者に対して辛辣で冷酷な人間になってしまうような気がします。
見る限りですがイジメを腕力で克服した人間は、どこか常に殺気を感じさせる刺々しいムードがありましたし、冷酷さも持ってました。そして実は全然コンプレックスから解放されていない。もう良い大人なのに情緒不安定みたいなキレかたをする。

ボクは最善の策は『イジメの空気が支配する場からは撤退して別の場所に行く』だと思います。
『空気と間の力』は恐ろしく、目に見えない分そう簡単に変える事が出来ない。親が介入したところで、むしろ余計に悪い空気を作り出してしまう。どうも親や教師はイジメを<空気と間の問題>ではなく<個人の心の問題>だけで捉えるから、イジメのパワーゲームを破壊できない。終らない。

イジメを可能な限り無くそうとするなら、組織の中に居る『空気の流れ』を生み出しているボス格と『間』を作り出している側近を見つけ出して、彼らを何とかするしか無いと思います。

TsumuRi 08-03-18 (火) 21:59

テーマが壮大すぎて投げっぱなしバスターになっていて申し訳ありません。
私においても、現実的な最善策はやはり「撤退する」になります。理想的な最善策はボスをつぶすか空気を変えるかしていじめ自体を無くすことなのですが、現実問題、それは私が生きている間は無理だと思いますよ。いじめは子供だけの問題ではなくて、会社や様々なところでも見られる問題ですから。パワハラとかDVとか嫌になるほど聞きました。
力無きものは、力あるものの慈悲が得られない限り搾取され続ける、それがこの世の理です。社会制度だけではなく、人と人との関わり全てにおいて福祉に類似する概念が浸透して欲しいと願うのは多分夢物語だと思っています。

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