Home > こころの深淵 > 親子関係について考えた

親子関係について考えた

もし、以下の引用部が、日本の親子関係の典型であるならば、私はそういう風にはしたくない、と思った。理由は「どれだけ周囲に認められ、必要とされていても、疎外感に苛まれ、集団の中の己を肯定できない状態」の原因のひとつになりそうだから。

だが、問題もある。一番でかいのは、この関係が、母と子供のように、一方が一方に従属し、それに完璧に従うことによって、愛されるという問題だ。
これは、子供の側に非常に強い甘えを残すので、適切とは言えないのだ。相互の平等な関係ではないのだから。相互による愛情関係ではない。
いずれかが一方的に与える愛情関係なのだ。そして、愛と引き換えに従属が要求される世界。
多分、日本人は世界で一番羨望する人種 - pal-9999の日記

引用部の強調は私が入れた。正直、読んでいてすごく違和感があった部分。それ、人間関係としてはなんかちがくね?もっといいやり方があるんじゃね?と感じた部分。つうか愛してやるから従属しろとか、アホちゃう?1234

これって交換条件のはじまりじゃね?

で、今から、元記事の本題とはなんの関係もないことを書くんだけども(オイ

前に、承認欲求の根っことTwitterとか僕のいたみを見届けて下さいとかで、

コミュニティに必要とされ、認められていても、居場所がないと感じる人の中には、「世界は私を受け入れてくれている」「私はこの世界にいていい」「誰かが私を見てくれている」「世界は私にとって安全である」「世界 (他者) は私を見捨てない」「世界 (他者) は私を裏切ることはない」という感覚が育っていないのではないか。
※この感覚には交換条件がない。つまり「私が何かを提供するしないに関わらず、世界は無条件で私を受け入れてくれている」。

などと、つらつらと書いた。で、さっきの引用部に戻る。

愛と引き換えに従属が要求される世界。

これ、従属しなければ愛されない、ということなのだが、もし親子関係というものが、こういう交換条件によって成立しているとしたら、うーん、これってどうなん?と思うのですよ。

言うまでもなく、親子関係というのは、子どもにとって最初の社会であって、最初の時点で「私が何かを提供 (=この場合に限定すると従属) しないと、相手は受け入れてくれない」を学習してしまうと、その後の人生、ずっとそのまんまで行くのではないか、結果として「どれだけ周囲に認められ、必要とされていても、疎外感に苛まれ、集団の中の己を肯定できない状態」が続くのではないか、と心配になってしまう。56

判断能力のない「いい子」ちゃん

それに、「私の言うことを聞くから愛してあげる」のメッセージを送ることを繰り返してしまうと、判断基準が子ども本人の中に育たないような気がする、というのもある。

私自身その傾向があったのだけど、いい子ちゃんにありがちというか、何かを判断する理由が、己の中ではなくて、己の外にある状態になるように思う。論理的に考えて判断するのではなく、「親がダメというからやっちゃだめだ」7 とか「校則だからやっちゃダメだ」とか。行きすぎるとルールの妥当性を検証しなくなるし、行動決定の根拠を他人の価値判断に依存してしまう。8

これはちょっとあんまりよろしくないような気がする。

予定もない未来に思いを馳せる(オイ

こんな感じで、いろいろ考えて、こういう風にはしたくないなぁと思う。

そう考えると、我と彼の線引きをきっちりしないとあかんな、と思う。線引きすると言っても、疎外するわけではなくて、私は私、あなたはあなた、家庭というちっちゃい社会の中で、お互いに気持ちよく快適に危ない目に遭うこともなく健やかに暮らせるように、お互いちょこっとずつは我慢して、協力し合いましょう、という感じ?

けど、子どもって、ある時期9 までは、親に比べて圧倒的にモノ知らずだから、ある程度は教えたりしないとあかんのよな。その時にはさて、どうやって伝えたらよいのかね。普段は「あなたが大切だよ」というメッセージを送りつつ、まずいことをしたときには「私としてはそういう行動は止めてもらいたいのだけど、あなたはどう思うよ?」とでも言って、お互いが納得できる落としどころが見つかるまで徹底的に話し合って、真剣10代喋り場@ご家庭、にでもしてみればいいのだろうか。10

……つーか、当分産む予定もないのにいらんこと心配しすぎwww

そもそも、子どもが外に出て行くようになったら、外から良くも悪くも影響を受けて、予想もせんかった方向に行くっちゅうこともあるだろうし、考えすぎはよくないやね。つか、育ててみてから言え、という話ですな、自分バカすぎ。……というわけで終わり(なんててけとー極まりない終わり方だ(ていうかいつものことだから気にしたら負け(気にしろ

Footnotes

  1. 引用元でも、適切とは言えない、とざっくり斬られている。 Back
  2. 引用元では「母と子」と書かれているが、私は「父と子」の場合も同様の関係が形成されうると考えているため、タイトルを「親子関係」とした。てゆかこれ毒親の話よね Back
  3. 私の個人的な感情なのだが、何かと引きかえにできる愛なんぞ糞喰らえである。他人をコントロールするために、たいへん見た目のいい「愛」という言葉をダシにしているだけである。根底にあるものは自己中心的な感情である。よって糞喰らえ。却下。アッチ(・∀・)イケ!! Back
  4. 極端な例を出せば「暴力は愛情表現」ということにして子どもを殴りまくるバカ親が目に浮かびますね。アホやろ。アッチ(・∀・)イケ!! Back
  5. 自分の経験上、人生の20年以上そんなんでも、その後の人との出会いや経験によってはいくらでも巻き返し可だと思っているのだが、後で問題が起こる可能性があるなら、最初からそれを避けた方がよいでしょ、というだけの話。 Back
  6. こういう考えが学習されるのは家庭のみではないとも思っている。家庭内では学習されなくとも、学校や地域社会の人間関係の中で学習されてしまうことはある。 Back
  7. 親に限った話ではなく、力関係において自分より上にいる人間に置換可。 Back
  8. 指示を聞くだけのロボットを量産したいならそれでいいと思うけどもw Back
  9. 各家族によって異なるとは思うけど。社会のルールとかなんも知らない期間というのを思い浮かべていただければ。 Back
  10. やー、まぁ、人様に加害するとか、命に関わることだとか、法律的にやばいことだとかは問答無用で止めないとあかんわけだが。 Back

ランキング参加してるよヨロシクね☆
fc2人気blogランキングブログランキング・にほんブログ村へクチコミblogランキング TREview

Comments:0

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL

Home > こころの深淵 > 親子関係について考えた

Search
Categories
Archives
あわせて読みたいブログパーツ
Ads

Return to page top