集団ストーカー―盗聴発見業者が見た真実
古牧 和都/晋遊舎ブラック新書
集団ストーカーという言葉自体は、かなり前からネットで見かけることが何度もあって、なんだこりゃ、こんなことが現実にあるんならむちゃくちゃ怖いな、でもあり得ないことが色々書いてあるなぁと思っていた。この本は、その被害に遭っていると主張する人たちから実際に調査依頼を受けた著者が、調査に行って体験したことをまとめたレポートである。
読む前からうすうすは分かってはいたのだが、やはり精神疾患による幻覚妄想のケースがほとんどであるという結論であった。一般人にできる対処の仕方も書いてあるので、近くに疑わしい人がいれば一読してもよいのではないか、と思う。
正直、まともにこれらの訴えを受け止めていたら、こっちがストレスでおかしくなってしまうと思うほどに、ぶっ飛んだ証言ばかりであった。ごく近いところに、そのようなことを訴える人1 を知っているので、ああなるほど、という感じもある。
昔世話になった医者が「症状というのは内部にあるものの表現だ」と言ってたことがあって、当時は全く意味が分からなかったのだが、なんとなくその言葉を抱え続けて生きてきた。最近になってやっと分かったのだが、それがそのまま当てはまるような気がした。
得体の知れない巨大な怖さや不安を、形のないまま身に纏うかのように持ち続けるのは酷く辛い。不思議なことに、それに対応する名前を与えて己から切り離し、対峙する対象としてしまうと、形のない時よりはだいぶマシなのである。形があれば対処できるように思えるし、それを攻撃したりあれこれとすることで一時的に精神の平穏を保つことができるらしい(それでも十分不穏なわけであるが)
ここに登場してきた人たちは、たまたまネットで得た集団ストーカーの噂話や、元々持っていた人間不信的な見方が、形のない怖さや不安を閉じこめる依代として都合がよかった2 から、それを形として縋りついてしまっただけだと感じた。形の現れ方が、とても大きくて周囲を巻き込む状態にまでなってしまっていることや、私の現在のものの見方からは到達しにくいような現れ方だから、私はぽかんと口をあけるしかなくなったのだと思う。
ただ、私の目から見て「ぶっ飛んでいる」その人たちのいる場所と、私が今立っている場所は、地続きであるとしか思えないし、距離もそれほど遠くはないとしか思えないのだった。
「自分たち」に貼ったラベルに対する社会の視線を勝手に作り上げ、それが自分たちを虐げたり搾取したりするから攻撃対象としてよいとしたり、逆にそれらが自分たちを羨んでいるとか憧れているとかおかしな優越感や差別意識を持ってみたり、そのように、何もないところから簡単に何かを生み出してしまう、ありふれたごく普通の人間の心性と全く同じであるような気がして。
基本的に、後味はよくない本である。
Footnotes
行頭の数字は本文中の注釈番号に対応さしてます。
- ちなみに警察による盗聴や、近所ぐるみで警察の盗聴の手伝いをしていると訴えていた Back
- 恐怖の対象であるから、形を持って現れることも困るのだが、形のないままのそれらにおびえ続けるよりは都合がよい。また、それらの人が元々持っていた世界観に fit するという点でも都合がよい。 Back
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