個人的には「楽しいことをずっとやってるときほど頭が壊れるとこまでいく率が上がる」と思ってるんですがどうなんですかね。悲しみや怒りを伴うライフイベント1 だけではなく、喜びや幸せを感じるライフイベント2 も、ストレスとなってうつ病の引き金になる的なことを書いてるのをどっかで見たんだけどソースを失念した。
てきとーなままたらたらと書きつづるけども、最近結婚式の準備が忙しい。あと、業務内容とやり方が変わったら仕事がやたらに楽しい。
んで、楽しいままに、忙しいままになんとなく流れに乗っていろいろやってたら頭が壊れる3 かと思った。
いまどき子どもでも言わないようなしょーもないことばっかり言ってそれがおかしくて眠れなくなったり、あまつさえ眠くて仕方ない人をたたき起こしてしょうもないことを聞かせ続けるという迷惑行為を繰り返し、それをいさめられたら、「それを理解できないあんたが悪い!自分は被害者だ!」的に延々と逆ギレし、本当にうっとおしくてすみません。
また、自分も含めみんな泣きそうな状態で仕事をしているのになんかその状況がやたらに楽しく思えて乾いた笑いをつい出してしまってぎょっとされたり、まじめなミーティングで発された言葉がダジャレにしか聞こえなくて笑いをこらえるのがたいへんだったり、作業中に目が滑って書類の意味内容を全く把握できなくなったりと色々です。そいや先輩に「目が怖いぞ」とかも言われた気がする。
挙げ句の果てに、会社帰りの駅のホームに通過電車が滑り込んできたときに、頭の中にリアルにそこに飛び込む自分像を描いてしまって、そうか、じゃあそうしなければ、と、一瞬ふらふらと行きかけてからはっと我に返りました。これは後日師匠に話したところ、一瞬凍りついてたのでやばかったかなぁーとも思うのだけど。
脱線しますが、どうしても現実が嫌で嫌で、それを乗り越えるために死の瞬間に訪れるであろう痛みと恐怖を「えいやっ」と乗り越えて死ぬ場合も多々あるのだろうけど、なんとなく日常を送っている延長線上に死んじゃったという場合も多々あるような気がする。特に飛び降りとか飛び込みとか衝動的な死に方。そこに線路があったからなんとなく飛び込んじゃいました、的な。登山家かっつの。
で、話は元に戻るけど、自分の経験上、脳というものは極度に疲れるとありとあらゆる方向でリミッターが外れるものらしい。お酒を飲んでいい感じに酔っぱらっているときに似ている気もする。すべてのことが楽しくてハッピーに思えてきて笑いが止まらなくなったり、言葉が止めどなく溢れてきてそれを取捨選択せずに表に出してしまったり、迷惑行為だということを自覚していても迷惑行為がやめられなくなってしまったり。列車のホームの例で言うと、生を保つために必要な恐怖心や判断力が失われてしまったり。
そういうわけで、脳を極端に疲労させることはよくないと思っているのだけど、楽しいことをしているときは、疲労を自覚していても、もう少しと思って根を詰めてそのまま突っ走ってしまったりとか、楽しい分、疲労を自覚できなくなったりするのでタチが悪い。
逆に、したくないことをしているときは、もともと嫌なのが分かってるので、ちょっと疲れたらとても疲れたように感じるし、そうなったら最悪疲れを口実にして途中で放り投げることも可能(根性なしとか言うな)
なので、ストレスはよくないとか言うけど、実際は明らかにストレスになりそうな作業をするより、一見ストレスを感じないことに熱心に取り組むときのほうが頭が壊れるとこまでいってしまう危険性は高いんじゃないかと思っている。
つまりなにが言いたいかというと、結婚式前に入院する羽目になった花嫁さんって、2、3人はいると思うんですがどうですかね、ということである。
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