性犯罪をなくすにはどうしたらいいかを考えてみた。この話題は定期的にネットの世界のどこかに上がってきて、その度に被害者ケアやジェンダー問題、自己責任論、痴漢の場合は冤罪の問題、さらに逮捕された後の加害者の人権問題にまで発展して、たいてい荒れるだけ荒れていつもループして終わるという、ある意味タブーに近い印象がある。
(※2007-9-22 に書いたものをサルベージして書き直したものです)
私の立ち位置
どんな犯罪であっても、加害者は、現行の法に則って裁かれ、罰されるべきだ。また、被害者の安全やプライバシーは守られるべきだし、被害体験で身体的・精神的に受けた傷に対しては、十分なケアと補償1 が与えられて然るべきである。現在の日本のやり方は、少なくともニュース等で見る限りでは、被害者に対して十分なケアが行き届いていない印象。
以上が私の立ち位置。
性犯罪は、被害者にとってそれだけで屈辱的なことであるし、被害者の心の安定を考えると、マスコミで大々的に報道されるべきではないと思っている。2
何が必要か
この問題を考えるにあたって、何が必要だろうか。以下にまとめてみた。
既に起こってしまったものについて
- 被害者に対するケア (治療、教育等)
- 被害者に対する補償
- 加害者に対する刑の執行、再犯防止のための教育・介入
まだ起こっていないものについて (予防的観点)
- 被害者となりうる人間の保護 (社会的)
- 被害者となりうる人間の自衛 (個人的)
- 加害者となりうる人間への抑止 (公権力/社会的)
- 加害者となりうる人間への教育・介入 (社会的かつ個人的)
性犯罪について複数の人間が語るとき、話が噛み合わなくなる原因のひとつが、「既に起こってしまった事件の被害者に向ける言葉」と「まだ被害者になっていない人に向ける言葉」が混同して扱われることだと思うので、ここの切り分けは重要だと思う。
被害者に事件を起こした責任はない
性犯罪を考えるにあたって、まず配慮しなければいけないのは、「被害者には事件を起こした責任がまったくない」という事実に対してであろう。これは他の犯罪に関しても言えることだが、どれだけ自衛したとしても、被害に遭うときは遭う。
例えば、痴漢に遭わないために満員電車を避けたとしても、空いた電車で痴漢に遭う可能性はゼロではない。一般的に様々な犯罪が起こりやすいと言われる、夜道や人目の少ない場所を避けたとしても、休日の人出でにぎわう繁華街で白昼堂々の通り魔事件3 が起こったし、走行中の特急列車内で暴行事件4 が起こったこともあった。また、被害に遭いそうになったときに、力の限り抵抗しても、力負けして被害に遭ってしまうこともある。自衛は被害にあう可能性を下げることはできるが、絶対ではない。
そもそも、加害者が変な気を起こさなければ、事件は起こらないという事実に目を向けなければならない。その事件を起こした責任は、全面的に加害者にある。
身近に被害にあった人がいる方にお願いします。それから、人の見る場所で言葉を発する人にお願いします。どんな事件が起こったとしても、絶対に被害の当事者を責めるような発言をしないで欲しい。事件の後で「こうしたら防げたんじゃないか」「どうしてこうしなかったのか」などというのは簡単だが、既に被害に遭った人間にそれを言うのは酷だ。被害者は突然降りかかった災難に混乱しているし、自分の行動に問題があったのではないかと自責の念に必要以上にとらわれたり、酷い屈辱感に苛まれたりしているのが普通である。だから、被害者自身が「私は悪くなかった」と言えるようになるまで、言葉と態度で「被害者は悪くなかった」ことを示し続けて欲しい。
この問題を考えるには、まずこれが前提だと思う。
誰しも被害者になりうるという事実
性犯罪の問題を論じるとき、性別、年齢、体格に関係なく被害に遭うことを忘れてはならないと思う。性犯罪と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは女性が被害に遭う場合だし、実際に性犯罪の被害者は大部分が女性であるとは聞くが。
それは単純に、一般的に女性の方が力が弱いから狙いやすいだけだと思う。数は少ないが男性の被害者もいるし、女性が加害者になるケースもある。また、あまり表には出てこないが、同性間の性犯罪の可能性も考えられる。上記を考慮して、この記事中では女性とは書かずに「被害者」「加害者」と表現する。
誰しも加害者になりうるという可能性
割と普通の環境で生きている人は、自らが被害者や (痴漢の場合は) 冤罪被害者になるケースは想定しても、加害者になるケースを想定することはあまりないのではないだろうか。
ただ、自分の胸に手を当てて考えてみて欲しいのだが、生まれてからこの方、人に暴力を振るったり、暴言を吐いたりしたことがないと自信を持って言い切れる人はどのくらいいるだろうか。子ども時代のことや、理由の如何を問わずにカウントに含む。
聖書の有名な言葉に「罪を犯したことのない者だけが、この女に石を投げなさい」という言葉がある。罪を犯した女を集団で罰しようとしていた人々は、イエスのその言葉を聞いて、誰も石を投げられずに帰っていったという。
人間は衝動的に人を傷つけたり、罪を犯したりする生き物である。私の子ども時代や思春期を振り返ってみると、暴力的な衝動に駆られたとき、暴力がいけないことであると自覚していても、その衝動に抗うのがとても困難なときもあった。
今はないとしても、遠い将来に自らが性犯罪の加害側の衝動に駆られたとき、加害をしないためにどうすればよいか考えてみることは、今後誰かが加害者になることを防ぐために必要な視点ではないだろうか。
以上前提です。長すぎてしまってすみません。それでは具体的な話に入ります。これ以降は、すでに起こってしまったことについてはあまり書きません。専門家ではない人間ができることは、すでに被害者に事件を起こした責任はないの部分で書いているし、私が考えたいことは、今後、被害者が増えることを食い止めるには、どうすればよいかということなので。
被害者予備軍の自衛を考える
あまり強く言うと、感情的な反発を喰らってしまうのだが、被害者予備軍が自衛をすることは、被害に遭う可能性を下げるという観点から必要。
痴漢の被害に遭わないためには、まず、痴漢が出やすい満員電車を避けることだろう。時間帯的にどうしようもない場合もあるのだが。女性の場合は、各鉄道会社が混雑時に設定している女性専用車に乗ることで、男性からの被害は防ぐことができる。ただし、この場合でも女性からの被害は防ぎようがない。また、男性にはそのような専用車が設定されていないため、男性からの被害も女性からの被害も避けることができない。やはり満員電車を避けることが最善であろう。
その他の性犯罪に遭わないためには、暗い夜道や治安の悪い場所をひとりで歩くのを避けることが最初であろう。親しい人間による意に添わない性行為という場合も想定されるので、二人きりになるのを避けるなどの対処も必要になるかもしれない。ここまで考えてしまうと、ひとり歩きじゃなければ安心とは言えなくなる。また、大阪で起きた飲食店での拉致暴行事件5 の場合などを考えると、安全と言える場所はどこにもないような感もある。
そこで、避けられなかった場合、逃げられなかった場合を想定して、自らが抑止力になることも視野に入れた方がよい。最も簡単なのは、他人が見て分かるように防犯ブザーを首からぶら下げておくことだろう。これは「何かしたら明るみに出しますよ」という脅しである。加害者も、みすみす防犯ブザーを鳴らされる危険に飛び込んだりはしないだろう (私がそう思いたいというのもあるのだが)。また、顔見知りによる犯行の場合は、無効な場合もあるかもしれない。
防犯ブザーを鳴らしてもダメな場合、やられないためにはやるしかない。機会があれば簡単な護身術を習ってみてはいかがだろうか。私も一応、合気道を囓っていたこともあって、関節をきめる方法は知っているが、いざその場になったときに、実践できる自信はあまりない。実際できそうなのは耳元で大声を出すか、顔面に頭突きするか、股を蹴り上げるか、それくらいの動きしかできそうにない。それでも身を守る術を全く知らないよりはよいような気がする。火事場の馬鹿力と悪運に期待するしかないのか……orz
防犯ブザー以外の道具、すなわち武器になるようなもの (スタンガン、催涙スプレー、ナイフ等) を携帯するのは、個人的には、よろしくないと思う。うまく使えば抑止効果は大きいと思うが、相手にそれを奪われたとき、自分の身を余計に危機にさらす可能性がある。法律的にも問題が出てきそうな気がするし、難しい。
最初に自衛を上げてみたが、できることは案外少ない。そして自衛をしたからといって完全に防げるわけでもない。それでも、心構えがないよりはある方がいいだろう、きっと。
社会による被害者保護・加害者抑止
自衛に限界がある以上、社会からの働きかけに期待したいところである。
社会による被害者予備軍の保護
わかりやすい保護の例として、女性専用車が作られているが、これは男性から女性への痴漢行為しか防止できず、根本的ではない。6 また、この場合、女性専用車内での痴漢は減るかもしれないが、その他の車両では減らないし、隔離されていないところではあいかわらずだろう。
痴漢防止策として他に思いつくのは以下。
ラッシュ時の混雑緩和策
- 電車の本数を増やす。車両数を増やす。
- フレックスタイムの有効活用 (始業時間を集中させない)
また、それが行われているのを見つけた人が勇気を出して注意したり、然るべきところに通報することも大切になると思う。走行中の特急列車内での暴行事件は、目撃者は複数いたものの、加害者にびびって誰も止めに入れず、結局既遂されてしまった。7
車内放送などで注意喚起を促すのも、自衛意識や相互監視意識を高めるのによいと思う。8
社会による加害者抑止
加害者の抑止には、公権力の力を借りることになる。早い話が公権力による脅し。抑止とはそういう性質のものです。現実的にはこんなところか。
- 性犯罪の非親告罪化
- 性犯罪の厳罰化
- 性犯罪加害者の個人情報開示 (米国では実施中:ミーガン法)
- 治安の悪い地域や満員電車への警官・警備員の配備
- 夜間の警官・警備員の配備
- 遊興施設への警官の巡回強化
- 上記の場所への監視カメラ設置
このような対策で、気の弱い加害者 (及び予備軍) に対しての抑止効果はあるように思う。ばれなければいいと考えるタイプや、捕まってもたいしたことないと考えるタイプにはあまり抑止効果が期待できないように思う。
検挙率が上がることは期待されるので、街に放置されている加害者の絶対数は減るかもしれない。もっとも、それがどの程度抑止になるのかは分からないが。
加害者となりうる人間への教育・介入
社会による被害者保護・加害者抑止の最後に書いたように、私は性暴力の加害をしてしまう人には2通りあると考えている。一方は、「悪いことは分かっているけれど衝動が抑えきれず自分でも持てあましている気の弱いタイプ」で、もう一方は「開き直っているタイプ」 (先に書いた、ばれなければいいと考えるタイプ、捕まってもたいしたことはないと考えるタイプ等)。
開き直っているタイプは、個人的には救いようがないと思うし、さくっと捕まって公権力にきついお灸を据えられたらいいと思う。そして、それが悪いことで絶対にやめなければならないことだと教育を受け、自覚・自律すべきだ。こういう人間を野放しにしないためにも性暴力の非親告罪化、厳罰化、取り締まり強化は是非お願いしたいところ。
予備軍を加害者にしないために
ここから若干、私の考え方が性善説によるので、甘いと思われるかもしれないが申し訳ない。前提の部分で、誰しも加害者になる可能性があることを考えてほしいと書いたのは、これを書きたかったためである。
「悪いこととは分かっているけれど衝動が抑えきれず自分でも持てあましている気の弱いタイプ」の予備軍に関しては、加害者になる前に救済の余地はあると思う。というのは、それが悪いということを理解しているから。行動に移して捕まったらどうしようとか、してはいけないという意識があれば、なおのことだ。
この「悪いこととは分かっているけど衝動が抑えきれない」「行動に移して捕まったらどうしよう、してはいけないというプレッシャー (ストレス) がある」というマインドは依存症や嗜癖の問題に似ているような気がする。依存症と聞いてすぐに思い浮かべられるのは、アルコール依存や薬物依存などの物質濫用だけども、それとは別に、行動プロセスや人間関係の嗜癖と言うものが存在する。
[物質嗜癖、行動プロセスの嗜癖、人間関係の嗜癖]
アルコールと薬物への嗜癖をまとめて「物質嗜癖」と呼び、乱用と依存症をそれぞれ「物質乱用(Substance Abuse)」、「物質依存症(Substance Dependence)」と言います。このほか、摂食障害(拒食症と過食症)、ギャンブル依存症(病的ギャンブル癖)、借金癖、買物依存症、ワーカホリック(仕事中毒)なども嗜癖性の症状ないし病態と考えられており、これらは「行動プロセス」への嗜癖と呼ばれます。さらに恋愛依存、セックス依存、暴力的人間関係、共依存などは「人間関係」への嗜癖と呼ばれます。共依存というのは、自分が相手から必要とされることによって自己の価値を見いだすという、依存症者の配偶者にみられ易い対人関係の病的パターンです。
嗜癖問題基礎知識 – 赤城高原ホスピタル
アルコール問題以外のいろいろな社会問題も、嗜癖関連問題として対処することが可能な場合があります。たとえば、家庭内暴力、子どものいじめの問題、青少年の薬物問題、援助交際、ドメスティック・バイオレンス、虐待、喫煙問題(ニコチン依存症)、摂食障害などは、有効な対策を考えるうえで嗜癖問題としての視点が欠かせません。筆者自身は、盗癖(クレプトマニア)、痴漢常習者、性虐待者などの治療にも直接、間接的にかかわっています。もちろん、嗜癖問題という視点は万能ではありませんし、これらの問題を治療可能な病気とみなすからといって、このほかの視点(道徳、犯罪、人権、経済問題など)からの対策を否定するものではありません。
嗜癖問題基礎知識 – 赤城高原ホスピタル
これだけ引用したら、私はこれ以上何も書かなくていいような気もするのだけど。性的な衝動が抑えられないという部分はセックス依存的な部分があるし、それを受け入れない人間に無理矢理に強いるという部分は、暴力依存的な部分がある。なので、依存症からの脱出と同様のプロセスを用いることで、加害に走ることを防止できるのではないか。アルコールや薬物依存の場合は、自助グループ活動が盛んで、それによって立ち直れる人がずいぶんいる。痴漢や性暴力についても、自助グループ活動や専門家による治療によって、加害者になることを予防できるのではないか。
ただし、先ほどのミーガン法のまとめの性犯罪者の更正について書かれた部分によれば、悲惨な性暴力事件を起こした加害者や常習化した加害者では、更正が難しいようだ。刑罰や去勢、カウンセリングでは更正効果はあまりなかったそうだ。現在有効だと考えられているのが認知行動療法で、再犯率の低下が見られている。とりあえず一読をば。
悲惨な事件を起こした加害者や、常習化した加害者では難しい場合があるとは言え、加害を行動化する一線を踏み越える前であれば、自助グループ活動や専門家による教育または治療によって、加害者になることを予防できるのではないか。また、加害の一線を踏み越えてしまっても、早ければ早いほど更正の可能性もあるのではないか。
すでに立ち上がっている性依存の自助グループでは、性犯罪も参加対象としているようだ。私はこういう自律的な取り組みを応援したい。9
公権力による抑止や、社会からの排除からによって、性犯罪をなくすというのは、ひとつの考え方ではあるが、それは万能ではないし、予防的な観点からは、加害者 (及び予備軍) の自律的な活動を見守っていくことも大切なことではないかと思う。
まとめると
長々と書いたけども、まとめると、被害者になりうる側の自衛だけではどうしようもない部分がある。そういう部分はそれなりの機関や、社会で生きてるひとりひとりが、相互に助け合うような形で動かないとカバーしきれない。それでも性犯罪の発生を完全にゼロにすることは多分できない。また、予防と同様、起こってしまった後の対処を手厚くしていくことも大切。
※注:ここで考えてみた対処いろいろは、ぶっちゃけコスト度外視です。
このへんを見てこれ書いたこと思い出したんです
性犯罪に関して、自己責任という語がやたら上がってくるのは何故だろう。やりとりを見ていると胸が痛くなります。
予防については、こうやっていろんな方向から考えてはみたものの、王道があるのかどうかさえわからないし、王道があったとしても必ずそこからこぼれ落ちる群がいるように思う。そして、自分でできる対処法を、見たり読んだり習ったりして知ったとしても、実際にそれに従って行動できなければ予防効果なんて上がらないので、非常に難しい問題だと思う。
Footnotes
行頭の数字は本文中の注釈番号に対応さしてます。
- 主に加害者からの賠償を想定。犯罪被害者給付金は、被害者の死亡、重傷病、後遺障害が残ったケースなどにのみ適用。通院の場合はないようだが、これももう少し範囲を広げてもいいように思う。 Back
- じゃあおまえもこんなところでくだ巻いてんなやー!という話である。 Back
- 2008年6月・秋葉原での事件 Back
- 2006年8月・JR北陸線「サンダーバード」での事件 Back
- 2007年5月・心斎橋「ペッパーランチ」での事件 Back
- それでも多少は減るとは思う。どの程度減ったのか調査結果はないかしら? Back
- 止めなかった目撃者が悪い、と言ってるわけじゃないです。悪いのは加害者。これ前提。 Back
- 実際、暴行事件が起こった路線の特急列車では、社内放送で注意喚起が行われている。突然かかるので「そういえば……」と身の引き締まる思いをするのであった。 Back
- 注:自助グループでは、性犯罪も参加対象にはしているが、性依存の自助グループ参加者の全員が、性犯罪の加害者や加害予備軍というわけではないので、くれぐれも誤解なきよう。 Back
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