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こころの深淵 Archive
びっくりするほど理解力がない
- 2008-11-01 (土)
- こころの深淵
ここ最近、なにかに取り憑かれたかのように読書をしていて、ひとつ気づいたことがある。
どうやら私は、自分の中に既に「体験・観察の蓄積」もしくは「解釈のための物語の蓄積」があるもの以外は、想像力がまったく働かなくて書かれていることを理解できないらしい。まったくというのは言い過ぎかもしれないが、そんな感がある。
深刻な話に首を突っこむと自分が見えなくなる
- 2008-10-23 (木)
- こころの深淵
ときどき、電話やメールで上記のような相談をされることがある。
そんなにしょっちゅう聞いているわけでもないのだけど、相談してきた友人を見ていて、「他人の深刻な話に関わるとき、頭の中が相手第一になってしまって、相手と自分との関係性をどうしたいのか、そもそも自分はどうしたいのか、そのへんすっぽり抜け落ちたりするよなあ」と思う。
餓鬼道を歩いた女性のこと
- 2008-10-17 (金)
- こころの深淵
某所で人と話していたときに「それってユディットコンプレックスとかなんとか?」と言われ、こんなもんにまで名前がついているのかと、ちょっとずれたところで感心してしまったんだけど、その行動は「ラポゲーム」という名前で呼ばれ、危なっかしい対人関係の方法をもつ人には、名前がつく程度に普遍的に見られる現象らしいことを知る。
言葉をふたつ覚えたのでかしこさが2あがった!……気がする。
もしくは言葉の檻に閉じこめられたか、そのどちらかだな。
「○○脳」の恐怖
- 2008-10-03 (金)
- こころの深淵
そーいや「ゲーム脳の恐怖」とかいう本が昔あったなあとか思いつつ、ゲーム脳とはなんの関係もない。「○○」には性格や他人との関わりの傾向を表す言葉であれば何を入れてもそれなりに可の様な気がする。ポジディブな印象のある言葉でもネガティブな印象のある言葉でも多分それなりに可。
ファッションリスカの再来?
タイトルは元記事からファッションリスカを連想しただけで、再来してるとかそういう話では全然ないのだけど、影響を受けて真似する人が必ず出るだろう、と思っている。
元記事っていうのがこれ↓
「リストカット」に「自傷行為」 なぜ次々芸能人が告白するのか
要約すれば芸能人の中にリストカットの経験をカミングアウトする人がちらほら出てきている、という話。
深い深いところにあいている風穴のはなし
- 2008-07-01 (火)
- こころの深淵
んーと、摂食障害の話で思い出したんだけど。このへん↓読んでて。
自分で、好きで、そうしてて。私は、肥満していた当時、自分で、好きでそうして、そうしてたっけ?そ、そうし、そうしていたっけ?そうしていたっけ?私はそんなこと全然、全然そんなことなくて、毎日毎日何をどれだけ食べたらいいか解らない、食事の適正な量も解らないし、満腹感も空腹感も解らず、ただ、何かあれば食べることでしか何かを収めていけなくてそうしていただけだった。そうして、その「何か」は太っていることが原因でも起こっていたし、それで余計食べた。ただひたすらに、解らなかった。そしてそれ以外の選択肢が自分に有ったかどうかも今ですら解らない、それなのに。
その言葉はまるで自分に向けられているように聞こえるから - うどんこ天気
触れられている内容は直接関係ないかもだけどね、このへん、なんとなく、風穴だ、と思った。バラエティに出ていた女性が摂食障害であるかどうかも分からないし、リンク先の nitino さんの摂食障害の原因も知らないので、単純に「摂食障害」というキーワードからふと思いついたことを羅列しただけです。
自分の顔
- 2008-05-19 (月)
- こころの深淵
うまれてすぐの頃から、現在までのアルバムを眺めていた。そこに写っているのは確かに私のはずだった。ところが、そこに写っているのが誰の顔なんだかよく分からないという、奇妙な感覚を覚えた。
楽しいときほど頭壊れる率が上がる説
- 2008-04-27 (日)
- こころの深淵
個人的には「楽しいことをずっとやってるときほど頭が壊れるとこまでいく率が上がる」と思ってるんですがどうなんですかね。悲しみや怒りを伴うライフイベント だけではなく、喜びや幸せを感じるライフイベント も、ストレスとなってうつ病の引き金になる的なことを書いてるのをどっかで見たんだけどソースを失念した。
てきとーなままたらたらと書きつづるけども、最近結婚式の準備が忙しい。あと、業務内容とやり方が変わったら仕事がやたらに楽しい。
げに恐ろしきは4月バカ
- 2008-04-01 (火)
- こころの深淵
この間から、私も「春は魔の季節だ」「春は頭がおかしくなる」ということでああだこうだと書いておりますが、エイプリルフールでもかなりおかしくなる事例が観察されています。なんたって魔の季節ですから。そもそも4月だけ何も起こらず平和だなんてそんなバカなことがあるわけない。3月ウサギと5月病に挟まれたこの時期の恐怖がエイプリルフール、すなわち4月バカなのです。
実録三月ウサギ
- 2008-03-30 (日)
- こころの深淵
ついでなので、春になって実際何をやらかしたかを書いておきますね。こうやって刻むことで、次は同じことをしないで済むでしょう。類似のトラブルを抱えている人も対処できるかもしれません。対処できればいいね。
思考のよりしろ
- 2008-02-29 (金)
- こころの深淵
たまに、ぼけーっと思考を流していて、あ、これ書き留めたいと思うことがあったのに、書き留めたいと思った瞬間にはきれいさっぱり忘却している、ということが起こる。
観察と解釈の間
- 2008-02-28 (木)
- こころの深淵
私が見たもの、感じたもの、それは「ほんとう」からかけ離れていることがある。その間を埋めて、調整できるようになることで、精神的に多少楽になれる気がする。
親子関係について考えた
- 2008-02-15 (金)
- こころの深淵
もし、以下の引用部が、日本の親子関係の典型であるならば、私はそういう風にはしたくない、と思った。理由は「どれだけ周囲に認められ、必要とされていても、疎外感に苛まれ、集団の中の己を肯定できない状態」の原因のひとつになりそうだから。
僕のいたみを見届けて下さい
- 2008-02-12 (火)
- こころの深淵
昨日書いた承認欲求の根っことTwitterだけど、この話の始まりは「何故Web上にいたみを書きつづるのか、それに対してどうしたらいいのか」という疑問がスタートだった。そこらへんが完全にすっぽ抜けてた。失念失念。
承認欲求の根っことTwitter
- 2008-02-11 (月)
- こころの深淵
Twitterと承認欲求の関係みたいなのを前に書こうと思って忘れていたのを思いだしたので忘れないうちに書く。
個人的な印象なのだけど、能力を人に認められても満たされなかったり、好意的な人を信頼することができない人は、承認欲求よりも低次な欲求を満たすことにつまづいているんではないかと思う。
これも実体験から。
ポジティブの押し売りは迷惑だよね
- 2008-02-04 (月)
- こころの深淵
基本的に、最近の私はポジティブ思考で生きたいと思っているのだけど、同時に、ポジティブ思考の押し売りほど迷惑なものはないとも思う。
Yogaで始める瞑想入門に、私が考えていたのと似たようなことを書いてたので、思わずほくそ笑んでしまいました。
物忘れには何種類かあってですね
- 2008-01-31 (木)
- こころの深淵
私は非常に物忘れの激しい人である。しかも、最近とみに物忘れが激しくなったような気がして大変困る。ところで、物忘れには体験上、何種類かあるようなのだけど、最近酷くなったのが以前と異なるタイプなので怖い。
得体の知れないものをそのままに扱う
- 2008-01-25 (金)
- こころの深淵
仕事とネガティブバイアス
- 2008-01-17 (木)
- こころの深淵
「職場」というものをイメージすると、生の風景がなかなか出てきてくれない。
最初に出てくるのが、目のイメージ。目の集合と、そこからくる視線のイメージ。その次に、ひそひそと囁く声のイメージ。生の風景は出てこない。
思考と記憶と出力と
- 2008-01-15 (火)
- こころの深淵
Twitterで書いていたことのまとめつか焼き直しっていうか。
PC上で文章を書いていると、画面上に出力された文章にあらわれている感情と、私の感じているものが完全に解離していることがある。例えば憎しみや苛立ちを打ち込んでいるときでも、こっち側の感情は完全にフラットだったりとか。
泣いている赤ん坊に対する嫉妬の話
- 2008-01-11 (金)
- こころの深淵
今日、電車の中に、ギャンギャン泣いている赤ん坊がいて。赤ん坊を抱っこしてあやす母親と、その隣で心配そうな顔をしている父親がいて。若い両親だった。多分20代になるかならないかくらいの。
声が止まったので泣きやんだのだと思ったら、単に泣きすぎて息ができなくなって、息継ぎをするために一瞬静かになっただけだったとかもうね…… orz
母親がどれだけあやしても赤ん坊は泣きやまず、車内には、眉を顰める人、ヒソヒソと若い両親のことを囁く人、無関心を装う人、と、いろいろいて。私は、内心で憎悪を抑える人だった。
終わりを判断するのは誰だろう
- 2007-12-20 (木)
- こころの深淵
コンプレックスなんて切り落としたらいいじゃない
- 2007-12-18 (火)
- こころの深淵
いつもそう思っているわけじゃないけれど。精神状態がいいときは、コンプレックスなんてガンガン切り落として、全部放り出してきれいに忘れて先に進めばいいのではないかと思うことがある。
続続・力を持たない優しさは人を殺める
- 2007-11-26 (月)
- こころの深淵
この間からの記事の続きね。
Spherical-moss.net » 力を持たない優しさは人を殺める
Spherical-moss.net » 続・力を持たない優しさは人を殺める
今度はK氏にとって、私がどういう行動を取るのが最善だったのかを考えてみる。
続・力を持たない優しさは人を殺める
- 2007-11-25 (日)
- こころの深淵
こないだ書いてた記事、力を持たない優しさは人を殺めるが、思い出したまま、思いつくままにだらだらと書きすぎていて、K氏が支離滅裂だとか言えないなぁと思ったので要点のまとめとかやってみる。
頼りたいならそう言えばいい
- 2007-11-13 (火)
- こころの深淵
昨日書いたSpherical-moss.net » 化学系女子取扱説明書に関して、続きのような、余談のような。
タイトルでは「そう言えばいいのに」なんて軽く言っているけど、そう言えない心理も体験してはいるので、ちょっと書いてみたくなってね。
自分が気持ちよくなりたいだけの人
- 2007-11-13 (火)
- こころの深淵
リンク先を読んで、全力で「あるあるあるある!」と頷いたら首が痛くなった。特にひとつめのリンクの余談の部分に笑っちゃうほど同意。
共感と痛みについて - うどんこ天気
痛みと共感の続き・主体性を尊重すること - うどんこ天気
これは過去に接点があった人に対しての愚痴に近いものがあるので、そういうの嫌いな人はスルーして下さい。
いつか壊れてしまうから
- 2007-11-08 (木)
- こころの深淵
以前、人間関係の石橋を、叩いて叩いて破壊しまくっていたことを思いだした。
リンク先で描かれている「長女」さんは高機能自閉症のお子さんであり、私の場合とは違うのだが、どこか似ていると思った。
受容に伴う痛み
- 2007-11-07 (水)
- こころの深淵
痛みと共感についての話をしたから、ついでにもうひとつ。
共感や受容を前提とした対人関係上の痛みについて書いてみる。人と対峙するときに感じる、絶望的に深い痛み、断絶、そういうものの話。
これは、私の自我が今ほどしっかりしていなかった頃の思い出話だ。
愛の運用とエゴ
- 2007-11-06 (火)
- こころの深淵
昔、「愛されるよりも〜愛したいまじで〜♪」とかいう詞を持つ歌があった。確かKinki Kids が歌っていたような気がする。
私は愛されすぎると逃げたくなる性質 であり、愛されるよりも愛する側に立つ方が好きである。正確には気が楽である。
……もちろん愛されるのも気持ちいいが。
とりあえずここでいう「愛」は恋愛に限らず人間愛とか家族愛とか隣人愛とかそういうのを含む広義の愛ということでひとつよろしく。
自他の分離と「わかる」
- 2007-10-18 (木)
- こころの深淵
この間、「わかる」について、つらつらと考えていた。
その過程でふと思い出したことがあって、過去に書いた文章を引っ張り出した。過去といってもほんの数ヶ月前で、まだ半年も経っていないけど。
Spherical-moss.net » 不自由で愛しい人間
拒絶と断絶感
- 2007-10-15 (月)
- こころの深淵
まだ「分かる」シリーズが続いています。いいかげんうぜえよ俺。
とりあえず、ブクマコメントも合わせて見るとよいかも。別に見なくても話は通じるとは思うけど。
Spherical-moss.net » 「わかるわかる!」が嫌いです
Spherical-moss.net » 「わかるわかる」の続き。
Spherical-moss.net » わからないならそれなりに。
わからないならそれなりに。
- 2007-10-15 (月)
- こころの深淵
分からないなら、分からないなりに、分かる努力をすればいいのれす。
相槌の「わかるわかる!」が嫌いという話から、何かずいぶん飛躍したけど、一応続いてます。
Spherical-moss.net » 「わかるわかる!」が嫌いです
Spherical-moss.net » 「わかるわかる」の続き。
「わかるわかる」の続き。
- 2007-10-14 (日)
- こころの深淵
あんなにも、相槌としての「わかるわかる」が大嫌いと言ってたのは何故かしら、と考える。
結論から言うと、「軽いとむかつく」それだけです。以下ダラダラと考察。考察というか言い訳というか、ま、そういうものですわ。
「わかるわかる!」が嫌いです
- 2007-10-12 (金)
- こころの深淵
嫌いなものについてはあまり語ることがないのだけども、たまにはこゆのもいいかなと思って書いてみる。
私は相槌としての「わかるわかる!」が大嫌いです。字が大きくなっちゃうくらいに大嫌い。思わず「しねばいいのに」とか言ってしまいそうな勢い。
i Tune ?
- 2007-10-12 (金)
- こころの深淵
先に別の話題について何か書こうと思ってたんだけど、なんだかご指名のようなので、先にこっちを書いてみる。
知的好奇心解放 - マ儿コの日記 - セックスと同期 チューニング・インとアドラー心理学
アドラー心理学の話で呼ばれたらしいけど、私は一冊本を読んだだけなので、メインはチューニングの話。
怖さを感じるとき
文章を書くときに、途方もない怖さを感じることがある。
例えば、社会的なあれこれを要請されたり、とか。
感覚ってときたま伝染するよね
- 2007-09-14 (金)
- こころの深淵
人の見る世界を知るには、その人にチューニングを合わせてしまえばいい。ただ、人の世界を感じることは、ときに危険を伴うのではないか。
先日、あり得ないくらいにチューニングが合ってしまったことがあった。
視点の変化
- 2007-09-14 (金)
- こころの深淵
視点の置き方について分かってきたこと。自身へのチューニングの合わせ方について分かってきたことに言い換えてもよい。
傷痕の後始末
- 2007-09-12 (水)
- こころの深淵
今、リストカットをしている人、特に女性は、あとで、つまり回復してリストカットというストレスコーピングが必要なくなった頃に、まず間違いなく後悔する。ただ、もう一生消えないと絶望することはなく、傷痕を修復して目立たなくする方法がいくつかある。
幼児退行のおはなし
- 2007-09-08 (土)
- こころの深淵
このエントリ面白かったよ。
http://nlogn.ath.cx/archives/000404.html
日付を見ると去年書かれたものらしい。こういうのはいつ読んでも不思議とか、面白いと思えるから好きだな。それに、自分の体験した「不思議」を共有しているようで、なんとなく嬉しかったりもする。
幼児退行については自分自身も経験者なのだけど、右も左も分からないくらいの年齢にまで退行したことは、ほとんどないと思う。多分。
世界はJellyに包まれて
- 2007-09-07 (金)
- こころの深淵
回復を綴る意味
- 2007-09-06 (木)
- こころの深淵
最近、このブログのテーマは「回復」だったり「成長」だったりする。内面的な気づきや、それに伴う変化を、とりあえず毬藻カテゴリに放り込んでいたりする。時期によって、同じような内容でもちょっとずつ表現が違ったりして面白い。
あくまでも印象なんだけど、体験としてこの過程を書いたものは少ない。治療者や援助者の視点から書いたもの はあるのだけど、当事者の視点で書いたものは、本当に数えるしか見当たらない。だから、私の個人的な回復の過程を綴ることには、なにかしらの意味があるのではないかと思う。私にとってはもちろんのこと、もしかしたら他の人にとっても。
線引きと自立(自律)
- 2007-08-31 (金)
- こころの深淵
これまで数エントリに渡って書いた話は、人との距離を自分サイドでコントロールするということ。こういう風なやり方を覚えてから、たぶんとても長い時間が経っているのだけど、それがいつの間にか当たり前になっていたので、やり方が変わっていることに気づいていなかった。
愛と自己防衛。自己満足の誘惑。
- 2007-08-31 (金)
- こころの深淵
一見、人を突き放すかのような関わり方をすることは、人間に対して愛情がないとか、自分勝手だとか、そんなふうに見えるかもしれない。それでも私が、人間を愛しいと思い、できる限り何とかしたいと思っていることには変わりがない。
適切な人間関係を構築するための線引きの提案
- 2007-08-31 (金)
- こころの深淵
たとえ心を向けずに目だけを向けるトレーニングをしたところで、私が関わることのできる人間の数には、当たり前に上限がある。人に心を向けることに比べ、費やされるエネルギーは少ないとは言え、人に目を向けることもやはりエネルギーを使うのだ。
点のように流れる思考
- 2007-08-30 (木)
- こころの深淵
一昨日 (8/28) 思いつくままについったーで垂れ流したったーなログ。気づいたらひとつエントリあげられるくらいの量垂れ流してた。
たいていはずっと前に考えたり知ったりして、もう文章に起こしていたりしたものが、ぼろんぼろんと出てきたもの。けど、「点と線」ちう発想は始めて出てきた。ちょっと面白かった。
認識の様式が変化した話
- 2007-08-16 (木)
- こころの深淵
入ってくる情報が見事に解体していて、意味が全くわからんので、理解するために論理をこねくりまわし、こじれていた時期がありました。その頃 input はどれもこれも冷たくて無機質だったし、その頃自分が感じ、また文章として残したものは、その身体性/物質性を軽視したもので、逆に象徴的/概念的だったのでした。 input が無機質であるからして、output も無機質になるのはある意味自然なことでしょう。そういう意味で、私は外界からの刺激に極めて素直に反応していたと思う。
ゆるめ
- 2007-08-10 (金)
- こころの深淵
タイトルは中身にはあんまり関係ない。なんか「ゆるめ」っていうタイトルが面白いと思ったし、一度使ってみたかったし、実際中身がゆるいからつけたw
ちうか、ひたすらヘビーな文章を書くのに飽きた。
ひとつ前のエントリの続き?に該当するかも。これ置いとかないと、これに至る過程がさっぱりになるから拾って置いてみた。
他人は自意識を映す鏡
- 2007-08-10 (金)
- こころの深淵
※別館『毬藻ん?』に書いてたのを引っ張ってきただけ。
他人は自意識を映す鏡。同じく他人の書いた文章も、自身の内面にあるものを引き出す。外に表れる兆候は、内側のものを読み解く鍵。
加害者という自覚
- 2007-08-03 (金)
- こころの深淵
できれば書きたくなかったけども、書かないと卑怯な気がしたので、書くことにした。誰に対して卑怯なのか?と言えば、自分自身に対して、それだけだ。書くことで自分が許されるとは思っていない。ただなー、回復ということを余すことなく書くためには、避けては通れないので書くことにした。
私は被害者であると同時に加害者でもある。
回復と成長
- 2007-08-03 (金)
- こころの深淵
被害者意識と救いのブクマコメントに、ナイスなコメント発見。
kennak 人 元も子もないだろうけど十分甘えて甘える事に飽きたら前へ進めるんじゃないかなぁ
はてなブックマーク - Spherical-moss.net ? 被害者意識と救い
別に元も子もなくなるってことは全然なくて、平たく言ってしまえば、その通りだと思う。
希薄な現実って流行りなん?
- 2007-08-02 (木)
- こころの深淵
被害者意識と救い
- 2007-07-29 (日)
- こころの深淵
朝起きて久々にアクセス解析を眺めてみたら、異常にアクセスが跳ね上がっていたのでなんじゃこらああああああ!と思ったら、過去に書いたいじめ被害者の特徴なるエントリにやたらブックマークがついていた。あーびっくりした。何かと思った。
一応補足しておくと、あのリストに書いてあるのは被害者に起こる「内面的な変化」及び「内面的変化によって引き起こされる行動の変化」ね。しかも自分の場合。一般的に適用できるかどうかは分かんない。ある程度当てはまる部分はあると思うけど、結局ケースバイケース。本人の元々の気質によるところも大きいと思う。
他人を憎んでもいいじゃん?
- 2007-07-03 (火)
- こころの深淵
生きていく上で他人を憎いと感じたら、そのまま相手を憎み倒して、死ぬまでゴキブリのように嫌っても別に良くない?
たいていの宗教や思想は憎しみを肯定的に捉えていないし、憎むことで苦しむようになるとまで言っているものもあるけどさぁ
しかし、憎しみを否定するのは、あまりよくない。自分の中に生じた憎しみを否定するのは、特に自己評価の低い人間の場合、自己を否定することに繋がるかもしれない。
War is Over
- 2007-07-01 (日)
- こころの深淵
子ども時代 は毎日が戦争だった。
戦争が終わってからも、私は日々怯えていたし、緊張を強いられていたし、不安を抱え、見えない敵の夢を見て、様々な問題行動を起こし、自らを傷つけ、しかしそのことにも気づかないフリをしていた。戦争が終わったことを何度諭されても、私はそれを信じなかったし、武装を固め、不安を抱えて生きていた。
本当の意味で戦争の終わりが見えたのはごく最近、環境から自立すること、すなわち本当の意味で自律することを理解し始めてから。
ゆがむ世界
- 2007-06-27 (水)
- こころの深淵
先週、かなりの勢いで落っこちていた のだけど、落っこちてから浮上して、落ち着いてぼーっとしていたら、ちょっと面白いアイデアが浮かんだので、ちょちょいと作ってみた。
題して《落っこちているとき世界はどのように見えるか》。
画像とテキストでお楽しみください。いや多分へこむと思うけど。
二重生活はいやん
- 2007-06-18 (月)
- こころの深淵
自由な子どもの魂が自分の中にいることを知った私は、その子どもを解放し、のびのびと過ごさせてやることで、精神の安息と自分が幸せであるという確信を得た。
こんにちわビスコの似合う27歳です (まだ根に持っているらしい)。
脳の過活動と在りもしない世界
- 2007-06-18 (月)
- こころの深淵
なんか最近脳が過活動な気がするー。具体的には変なものを色々見るのだ。こないだもぐったときに触れたあれとか。あれに触ったのは多分まずかった気がする。世界の概念がかなりおかしくなった。
世界のlayer構造とか自分のlayerとか、自分と同じように他人もlayerとか。そんな感じでおかしなもの__妄想と言ってもいいくらいにおかしなものがとめどなく沸いてくる。妄想? 妖怪? 私は、触れてしまったそれをなんとかこっちに落とし込もうとしている。
この間、ふと思ったことなんだが。
潜れた、そして驚愕
- 2007-06-16 (土)
- こころの深淵
潜れたー!潜れたよー! 素直な心で感じるままにいたら、自然と潜れることが分かったよー! ただ同時に怖くもなった。観たものが「翻訳されていないそれ」であるのが怖かった。
ここ二週間くらい、常に input も output もダダ漏れ気味な、無防備で neutral な状態でいた。こないだ、謎の「いらっ」としたようなものを感じて、ちょっと原因を探ってみたくなったので、TOEIC を受けに行く前に、久々に試してみたのよ。多分 1 時間くらい試してた。
非コミュ論と受け容れられ体験
- 2007-06-15 (金)
- こころの深淵
前のエントリ書いてる途中で、いつの間にか人間関係不適合感を払拭する方法論になっていたのに気付いたw あまりに適当に書きすぎて脱線した結果、いつの間にか非コミュ論ではなく脱・非コミュ論と化した。非コミュ から拡張しすぎた結果だと思うんだが、長すぎる。ところで、自分には不適合的部分と、適合的部分がある。単純に、受け容れられ体験をしたかしてないかだけの差だと思う。
のっけから言い切ってしまうけど、非コミュ論についてはあんまり詳しいことは知らない<言及するのにそれはないだろ…
最近「神に感謝」が口癖になりつつある件
- 2007-06-11 (月)
- こころの深淵
いやもう、何かあるたびに「神に感謝」って言ってるような気がしてね。文章で書くときは「神に感謝」だけど、実際は「神様ありがとう」なんだけどね。字面で見ると「神に感謝」の方がかっこいいじゃんというだけで、ブログ上ではそう書いてる。「神に感謝」とかいう割に、私は宗教を持ってない。そんなやつが神を語ることは、正直、宗教を持っている人たちへの冒涜になるのかもしれないなんて思ったりもする。だけど書きたくなったから書いちゃうよ。
治療に絶対なんてないけども
- 2007-05-31 (木)
- こころの深淵
増田のエントリ逃げ場の無かった人のことも時々は考えてあげてくださいと、NC-15 - すげえせつねえ話を読んで思ったことな。別館の方にちょろりと書いたけども、ちょっとまとまってきたんでこっちに書くわ。私さ、ここで散々、回復することは気持ちいいことだとか幸せなことだとか書いてた。私のケースは、幸運な一例に過ぎないということを忘れそうになっていたかもしらん。ただ、言うのは止めないよ。治療に絶対なんてないけども、何もしないよりは幸せになれるケースだってあるから。
別館の方に少し書いたけども、私は《ほんとうは、「きっと治る」って書きたかった。けど、軽々しく「きっと治る」とは書けなかった》
潜れなくなった
- 2007-05-31 (木)
- こころの深淵
自分の感じたままのことを感じたままに書くと、いつも電波ぽくなるのは何故だろう。言葉を補えば補うほど、生の感覚からずれていくんだけどね。ジレンマだなあ。
最近ちょっとくまってる。潜れなくなった。
あ、「潜る」が何かは、自立訓練法ってタグつけてるからそのへんから探してちょ。
他者の分析なんてやるもんじゃない (2)
- 2007-05-21 (月)
- こころの深淵
他者の分析なんてやるもんじゃない(1)の続き。そもそも人と関わるということ自体、エネルギーを消耗するので、あまり深く関わりすぎないようにしているのだけども、長い間人間やってると、相談事を持ちかけられたりと、どうしても深く関わることがでてくるものだ。だけどそういう場合でも、極力他者の内面を分析すること、解釈を相手に伝えることは避けている。
他者の分析なんてやるもんじゃない (1)
- 2007-05-20 (日)
- こころの深淵
前のエントリの最後の方に書いた通り、私は他人に頭の中を分析されたり、自分が他人を分析したりするのは好きじゃない。精神医学や心理学に興味を持って色々知識を蓄えたけど、知識がたまればたまるほど嫌になったし、それらが実際に即しているのを体験すれば体験するほどに、嫌になった。
自己分析のはなし
- 2007-05-20 (日)
- こころの深淵
そういえば最近自分の内面を見つめるようなエントリばっかりあげてるなーと思って、自己分析が好き『だった』理由を書いてみる。
私が自己分析をしまくっていたのは、ひとつは回復のため。症状や自分を見失いそうなぐらい強い感情が、何に起因しているのか知ることは、治療上重要なことだった。記憶が繋がらないことが度々あったので、自分をしっかり把握してやらないと、自分がいつ自分を見失うか分からなかったので、よけいに分析癖がついたのだろうな。
不自由で愛しい人間
- 2007-05-18 (金)
- こころの深淵
私は長いこと人間不信やってきたんだけど、ごく最近、けろっと治ってしまった。今は人間が可愛いし、すごく愛しかったりする。
人間はものすごく不自由だし、不自由な故に淋しさを抱えているし、それでも一生懸命虚勢をはって、どっこいどっこい生きてるんですよ。ね? 可愛くて愛しくない?
そうなったきっかけを書いてみるよ。めっちゃ長いので覚悟して。
先に謝っておこ。師匠、ここ見てたら超ゴメン。あなたのダメっぷりを超ばらしますwww
振り返ればヤツがいる
- 2007-05-16 (水)
- こころの深淵
ついこの間、今ここでしか生きられないんだよとか言っておきながら、舌の根も乾かぬうちに、過去を振り返ることも大切だなぁとか言ってみるテスト。
言葉だけじゃ分かり合えない
- 2007-04-24 (火)
- こころの深淵
人間は、言葉を介してコミュニケーションできるけど、その割にすれちがったりケンカをしたり、いろいろしょうもないことをやってるように見える。そして傷つく。まぁ他でもない私のことなんだけどさ。なんでかなーと思っていたら、人との会話の中でヒントが得られた。人間が分かり合えない原因は、それまでに獲得してきた言語のメタファの問題っぽい。
例によって、思いつくままに書いているので、論旨がまとまってない上に、これといった根拠もないんだけど、適当に流して下さいまし (無責任エントリ多いなw)。
メタファ:隠喩。比喩のうち、喩えであることを明示する「~のようだ」のような形式を用いないものを指す。典型的には「人生はドラマだ」のような形式をとる。物事のある側面を、より具体的なイメージを喚起する言葉で置き換え、簡潔に表現する機能をもつ。
メタファー – Wikipedia
とりあえず、以上を辞書の定義から引っ張ってみた。
人間は生まれてからの経験によって、イメージとそれに対応する言葉を獲得する。が、人によってそれまでの経験のしかたが違うゆえに、それまでに獲得した言語に対するメタファは、必ずしも一致しない。同じ文化の中で生きていたら、ある程度は共通のメタファがあるんだろうけど、個人的な経験によって生じる差異は、共通部分に比して大きいと思うよ。
過去の感情を発散する方法:イメージング
- 2007-04-23 (月)
- こころの深淵
この間に続いて感情のお話。
強い感情、嫌な感情というやつは、発散させないと残る。私にとっては、身体感覚として「たまる」。しかも違和感になってしまうので、嫌な感じ。そんなものをいつまでも引きずってはいたくないので、可能なら即、発散させてしまいたい (良い感情は消えるまで大事に持っておくけど)。だけどその場で発散させられないときだってある。
「過去」に留まった感情の発散において、有効なのが、イメージを使って感情を可視化してしまう方法。
感情は身体感覚で置換可能なのか?
- 2007-04-22 (日)
- こころの深淵
自律訓練法をやるようになって困ったことシリーズ、その2。シリーズ化するつもりはないけど、ふたつめになっちゃったからコレでいいかな。
自律訓練法で、身体感覚を強くしたせいだと思うのだけど、最近、心で感じるよりも先に、身体に感情が出るようになってしまった。これもまた奇妙な違和感なのね。
脳は感覚を有するのか?
- 2007-04-22 (日)
- こころの深淵
以前から、ちょこちょこと自律訓練法をやっていてね、するとだんだん身体と意識のコントロール感が強くなってきたのだよ。昨日書いた「今ここ」に生きている感じは、それで確固たるものになってきたし。
ただし同時に、多少困ったことも発生しているのよな。そのひとつが、脳に起こる奇妙な感覚。たいてい、もぞもぞ感として表れるのだ。しかし、師匠には「脳には感覚ないで」と言われてしまったわけで……うぅーむ。
今ここでしか生きられないんだよ
- 2007-04-21 (土)
- こころの深淵
最近、知ってる人しか楽しめないような記事が続いてたので、路線を元に戻しますね (笑)
今日は「今ここ」でしか生きられないという話。その因果関係、本当に因果関係? そこ、本当に繋がってる? そういう話。
分からない幸せ、分かる不幸
- 2007-04-03 (火)
- こころの深淵
私には、観察するくせがある。観察する対象は、意識。
最初は、自分を観察して出てきたもの__ここでも何度も書いているけど、浮かんできた vision や image を文章や絵に表現していた。感覚に極めて近い語彙や図を探すには、割と労力がいるが、嫌いな作業ではないので、結果はどんどん増えた。
表現した結果を観察しているうちに、似たり寄ったりの内容が、異なる語彙や図で描かれることも多いことに気づいた。今のところ、同じ内容について表現された結果から受ける印象はとても似通っている。気分によって多少変動の変動はあるが。もっと長期的に観察したり、今後、自分の中で価値観をひっくり返すような大事件が起こったりしたら、表現の仕方や、表現した結果から受ける印象はガラッと変わるかもしれない。
認識とか知覚とか
- 2007-03-14 (水)
- こころの深淵
更新のネタが尽きてきたので、以前に描いた模式図でもお蔵出ししてみることにします。題して、TsumuRi的『私はどのように世界を認識しているか』の図。解説つけないと微妙に電波入ってるように見えるな。この模式図を書いたときから世界に対する印象は変化していないので、私においては真実だと思うよ。
治るという事。
- 2007-02-23 (金)
- こころの深淵
あっさり眠れる方法
- 2007-02-19 (月)
- こころの深淵
タイトルは違うけど、相変わらず自律訓練法ネタ。今、TsumuRiの中で、かなり熱いテーマです。
自分でも驚くほどにあっさり眠れる方法を発見。しかも全く夢を見ないで熟睡できました。その驚きの方法とは、 睡眠薬を飲んでから自律訓練法に入る だけ。今まで睡眠薬なんてろくに効かなかったのに、なんて事!
確か PM 10時頃に電気を消して、中間型の睡眠薬 (フルニトラゼパム) を飲んで、それからもそもそっと自律訓練法に入って。あの時間感覚だと、多分 PM 11時前後には完全に眠っていたんじゃないかなぁ。
まぁ、その代わりに AM 5時前に目が覚めちゃって、嗚呼どうしたもんかと途方にくれることになったんだけどね!お日様も出てないのに、頭すっきりしゃっきりだし。何これ (というわけで朝からあんな絵↑を描いていた)。
眠る、という感覚。
- 2007-02-18 (日)
- こころの深淵
自律訓練法始めました。その2
- 2007-02-17 (土)
- こころの深淵
自律訓練法始めました。
- 2007-02-16 (金)
- こころの深淵
…って、冷やし中華かいw
あまりに寝付きが悪い & 精神状態が安定しないってことで、ダメ元で 自律訓練法 を始めてみました。自律訓練法は、最もよく知られるリラクゼーション法の一種です。詳しいやり方は検索したら出てくるのでそっちを参照してもらうことにして、実際にやってみて体験したことを絵にしてみました。適当にメモを交えつつ描いてるので、興味があればどぞ。
どっさり食べても大丈夫な食材
- 2007-02-11 (日)
- こころの深淵
以前に 嘔吐とさよなら というタイトルで、過食嘔吐の《嘔吐》部分をストップさせようという記事を書いてみたんだけども、実際私はこれで止められました。その後痩せもしていなければ太りもしてません。
ついでなので何をどうやってどっさり食べているのか書いてみます。
自分システムを把握する
- 2007-02-10 (土)
- こころの深淵
これはあくまで私の場合だけど、日常を送るにおいて自分自身の構造を把握し、それぞれの役割を必要なものとして尊重することは非常に重要なことであると思う。
人間の意識は一種のシステムのようなもので、一部が破綻すると連鎖的にがたがたっと破綻に陥ることがある。が、それは非常に困った話。なぜなら日常生活が不便になる or 日常生活が成立しなくなるから。
不便になる例としては不合理な考え方に囚われて身動き取れなくなっちゃうとか、葛藤の中でずっといらいらしてなければいけないとか。日常生活が成立しなくなる例としては、そうねぇ、不合理な考え方のせいで不安や憂鬱感に苛まれちゃうとか、それが行きすぎて身体に変調をきたしたりとか?(食欲不振とか慢性的な腹痛とかいろいろあるやん)
まー実際私、経験者です。それに現在進行形でそういう困った現象に悩まされている本人でもある。現在進行形で困ってはいるけど、何も知らないで無駄にもがいていたときよりはずいぶんマシになったかなーと思います。



